行く先々で追い返されるようになるのは23時を過ぎてから。成人を引き連れない今日の私達が気兼ねなくうろつけるのはコンビニくらいのもので、しかしコンビニで座り込んでお喋りをしているわけにもいかない。そんな、田舎者みたいな時間を過ごすことはできないのだ。スーツの似合いそうな、それとも夜の街に顔の知れていそうな男が一人でも釣れたらいいのだが、そうしたら私達はもうどこにでも出入りできるのに。そう考えながらたどり着いたのは結局繁華街少し外れにある公園で、そこのベンチに腰を下ろした。煙草に火を点ける。残り何本?若く、金もない為に煙草をなかなか自力で買えない私達は時々そうやって確認し合う。片方の煙草が底を尽きるともう片方のパッケージの中身を、仲良く共有する仕組みがいつの間にかできた。だから私とは、同じメンソールの煙草を吸う。
 「こんばんはー」「なにしてんの?」もう帰るか、それとももう一度繁華街に出るか。決め兼ねていた時に数人の男のグループがやって来て、私達を取り囲んだ。




    鳥籠




 男達はコンビニ袋に入った酒を持っていて、目ざとくそれを見つけたのうちら酒売ってもらえないんだよねーという言葉から会話は始まった。高校生?そうだよ。俺18、俺19。そんな風に。男達は全員未成年を語ったが私達に合わせるだけの嘘だったかもしれない、わからないけれど、とにかく高校生ではないようで、肉体労働をして金を稼いでいるか、なにもしていないか、という感じだった。金髪であったり拡張していた形跡のある耳たぶをしているのなんかを見て、私は全然気乗りせずどうやって立ち去ろうかすぐ考え始めたのだけれど、はその中の一人の茶髪が気に入ったのか、ここから動く気はないようだった。じゃあ一緒に飲む?と男達は言い地面に、それとも私やの隣に座りはじめた。私の隣に座った男はムスク系の香水をつけていてそれが気に入らず、吐き気がした。
 例えば金があるのなら。どんなにばかでもださくても香水くさくても、私は許せたかもしれないしもう少しこの場に留まれたかもしれない。けれど金がないのにばかとなると、見た目も好ましくないし私にとっては価値がない。男達の知り合いだったのか、それともただの通りすがりだったのか。今では覚えていない内に女が何人か増えていて、それでその女達も酒を飲み、騒がしく、それぞれの密着度が妙に高くなりだした時。お目当ての茶髪と連絡先を交換していた、ほぼ酔っ払いのの手首を掴み、「帰らない?」と私は言ってしまった。それは遠くのブランコに乗っているあほみたいな顔の友人に名前を呼ばれ大声で返事をした茶髪には聞こえなかっただろう。振り返って私を見たは一瞬困惑した顔を見せたけれど、すぐにふっと笑って「チャラいの嫌いだもんね」と耳打ちしてきた。チャラいのっていうか。こどもみたいにうるさいのとかノリが軽いのとか脳細胞少なそうなのとか、それでもってなんの役にも立たなそうなのがだめなのだ。けれど男達に散々イッキさせられて酔っぱらっているに説明する気になれず、頷いて、いい?と目で茶髪を示してみる。いいよ全然、暇つぶしだもん。は言って、私達はなるべく彼らの視界に入らないようこそこそと歩き、公園を出た。

 私とは公園を境に西と東、つまり正反対の方向に住んでいて、公園を出てすぐの街灯の下、しばらく互いが互いを送ると言ってきかなかった。けれど私があんたは酔っぱらってるしあんたの家は繁華街の近くで面倒事も多いと、真剣に言って聞かせるとが折れ、私が彼女を家まで送り届けることに決まった。私はその日一滴も酒を飲んでいなかった、本当ならふたり連れ立って、いつものように適当な男を捕まえて飲みにでも行こうと思って家を出たのだけれど今日はそれが叶わず、コンビニで酒を買おうにも年齢確認どうのこうのと断られ、最終的に苦手な若者グループに捕まって嫌な予感のした私は彼らの持っていたそれに一つも口をつけなかった。
 「彼氏欲しいよ、年上の。そしたらとがんがん飲めるし、ああいうのにも会わなくて済むじゃん?」
 だらだら歩きながらは言い、
 「それより普通に幸せにしてくれる彼氏作りなよ」
 と私は利害関係か顔だけでいつも彼氏を作り、最後には泣いている女友達を諭した。ありがとうでもさ、普通の恋人ってなんなん?クラスのやつとか?絶対無理っしょ?同い年とか、年下とかと付き合える?がきっぽくね?酔っ払ったのお喋りは止まらず、私は相槌を打ちながら彼女の家を目指している。鍵ちゃんと持ってる?財布は?化粧ポーチとか落としてきてない?完璧に酔うとすぐ物をなくしてそれに気付くと、いつも私に連絡を寄こして大騒ぎする彼女を憂い、私は度々そんな確認を取った。
 おやすみ明日学校行くでしょー?じゃあねー。自宅の玄関前に立ったののんきな声に見送られ、元来た道を歩き出した時私は結構な疲労を覚えていて、ほんの少しだけ眠たかった。早く帰りたい一心で遠回りとなる大通りを歩く気になれなくて、一人で、を送り届けたのと同じ道を進んでいた。つまりこの先にはまたさっきの公園があり、もしかしてさっきのグループがまだ騒いでいるかもしれず、私の姿を見てなにか口出しをしてくるかもしれない。そう思うと少し気が滅入ったが、飲んでいない私は冷静な判断ができるし、逃げ足だってふらつかない。が暇つぶしだと言い切るのならあの茶髪に対して気を遣う必要もないのだから、うるせー帰って寝れだとか、簡単に言い放つことだってできる。きっと大丈夫だ、もしかして既に解散しているかもしれないし。そう思って例の公園の前を通る、低い木で囲われたその中に相変わらず男達と、数人の女達はいたけれど、騒ぐ飲むというよりももはやただの野蛮な男と女に退化していて、お互いそれぞれに夢中になっており私には一切気が付かない様子だった。一組の男女がさっきまで私達の座っていたベンチで今にも服を脱ぎそうになっている。やはりここに居続けなくてよかった。軽い判断の恋愛でいつも簡単に傷付くを見過ぎた私は、いつの間にかできる限りああいう輩から、彼女を守ろうとしている。
 公園は不似合いにも立派な門を持っていて、歩く私の目に入ったのはその下で、座り込んで煙草を吸っている男だった。こんな男がさっき声をかけてきた時に、あの中にいたか私は覚えていない。けれど今こうしてこの公園の前で、じっとしているのだから男達の仲間なのだろう。どうか声をかけないでくれよ、私は念じながら明らかに目の合ったその男に、気付かないふりをして足を進めた。
 「友達は?」
 男は言い、じっと私を見上げていた。無視をさせるものかとでもいうように。帰ったよ。なるべくそっけなく答えた私の返事を聞くと男はのんびり立ち上がった。
 「送る」
 男の声は尋ねるでも申し出るでもなく、私を家まで送るという、ただそれだけの強い意志を帯びていた。

 私はいいとも悪いとも言わなかった。つまり男の送る、という言葉に返事をしなかった。それでも男はついてきて、私の横に並んでしまった。少しだけ、怖くなって足早に歩いてみたけれど背の高いこの男は歩幅が広く、私はすぐに追いつかれた。諦めてちらりと顔を見る。煙草を指に挟み煙を吐く男の髪はシルバー、どこからどう見ても端正な顔立ちで、それでへらへらとした態度を見せなかった。
 「普通に。一人で歩かせたら危ねえとか思って送ってるんだけど」
 男が喋ると煙が揺れた。そうと私は返事をし、ポケットに手を突っ込み携帯を強く握っていた。
 「いいの残らなくて」
 今では通り過ぎてしまった公園をそれとなく振り返り私は尋ねた。街灯の少ないその公園の内部はもう目視できなくなっているが、きっと相変わらず野生化した男と女がいるのだろうし、ベンチのペアは服を脱いだだろう。隣を歩く男は首を傾げ、
 「俺ああいうの嫌いで」
 と答えた。嫌いって、友達でしょ?そうだけど。男は簡単に言葉を返して欠伸をし、道端に短くなった煙草を捨てた。
 「宅飲みするつもりで酒買ったのに、外で飲みだしたから。だるくなって」
 「飲んでないの?」
 「飲んでないし、あいつらが公園に入った時からずっとあそこにいた」
 「ずっと座って携帯いじってたの?」
 「そう」
 帰ればよかったんじゃん?私は言い、帰りたくはない、と男は言った。わからなくもないが、あの男達が私達に声をかけてからずっと公園の門の下にいて、帰る気はないけれど女への欲望全開で酒を飲む気もなく、ただ携帯をいじっていたなんて。それじゃあこの男は今こうして公園を通りかかった私を家まで送っているが、もし私が通らなかったり、公園に居残り続けていたらずっと夜明けまで、あそこにいたとでもいうのだろうか。日が昇るまでの間、真後ろで聞こえる男と女の立てる音をBGMに。そこまでして家に帰りたくないのか、それとも全て嘘なのかもしれない。考えている内に私も欠伸が出て、男との遭遇により失われていた眠気がまた、押し寄せてきているのを実感する。
 「友達平気だった?」
 「平気って?」
 「酔ってたから」
 「見てたの?」
 「だから。ずっとあそこにいたんだって」
 私とが互いを送ると言い争っていた時、この男はそれを、さっきと同じようにあそこに座り込んで眺めていたのだろうか。全く気付かなかった。自分の油断にぎくりとしてもう一度男の顔を見る、やはり端正なその顔を。凶暴そうであるのに、荒くれていないのは何故なのか。絶対的に若者であるのに、品があるのは何故なのか。つまりこうして親切ぶって私についてきているこの男から、下心というのをまだ感じないのは何故なのか。気を許しそうになるのは。そうだねと、私は遅れて男に返事をしていた。
 「ナンパ待ちしてたの?」
 「休憩してたんだよ、そしたらあんたの友達がわあって来ただけ」
 「そっか、なんか。ああいう男苦手そうだったから」
 「ああいうのっていうか。ばかっぽくて金ないのが嫌い」
 「ああ、」
 ばかだけど便利なんだよなあ、男は独り言のように呟いた。確信したのは、男があの連中の仲間ではないということだった。つるんでいるのは便利だから、ただそれだけで、この男はあの連中に対する親しみや尊敬や仲間意識はないのだろう。私達がいつも自分達がいかに動きやすくなるか、ただそれだけの為に男の誘いを受けるようにこの男も、ある程度若者達の中で力を持っているようなあの男達を、利用している。よくわからない大きな力に今のところ閉じ込められている私や、や、この男は、そうやって今を可能なだけ快適にしていくしかない。煙草持ってる?私の質問に、男はポケットからマルボロを取り出して見せた、少し潰れたソフトパックを。それなら要らない、断る私に、メンソール?と男は尋ねる。薄荷じゃないと吸った気にならないとか、風邪引いた時は喉が気持ちいいとか、インポになるとかそれ迷信だとか、そういうくだらない話をして歩いていた。自分の住むアパートが見えてきた時、私はぐっと息をのむ。

 雨ざらしで錆びまくりの階段を中ほどまで上がった時、それまでついてきていた足音がはたと消えたことに気がついた。振り返ってみると男は階段下の鉄柵にもたれ、こちらを黙って見上げている。うそ、そこで見送り終わり?私は尋ね、彼は一つ頷いた。
 「淡白なんだ?」
 「いや、めっちゃ我慢してる」
 答えた彼の素直さに思わずゆるりと笑ってしまい、それを見た彼も微かに口角を上げた。きっとこの男はああだこうだ言ってついてきて、なんだかんだ言い訳をして部屋に上り込み、私を食うのだろうと思っていた。その予想を、否定するでもなく「我慢している」なんて。私に欲望を抱いていることを知らせつつ必死に人間らしさを保っている自らをこんなに短く表したこの男を私は、嫌えない。嫌えないがしかし、上がっていきなよと自分から声をかける気もなければこの男がもしこの後強引に、私の家へ上り込もうとするのなら私は、真っ向から彼を拒否するだろう。彼の受け答えと頑なにその場から動こうとしない姿勢に毒気を抜かれ、へなへなになった私はゆっくりと、上った階段を下りていく。かんかんと軽い音が真夜中に響いていた、それ以外なにも聞こえなかった。地上に降り立って立ち止まった時、彼はポケットに突っ込んでいた片手をひらりと出し、一、二度手招いて見せた。いい匂いのする綺麗な色の、健康的な花でも見つけた蝶のように私は、それに吸い寄せられる。あと一歩進めばぶつかる。そんな距離まで近づいた時彼は、手招きしていた左手をゆっくり差し出して私の腰を柔らかに抱き寄せた。気付いたら目を閉じていた、私の唇と彼の唇は、そこで確かにぶつかった。目を開けた時私と彼はふたりとも、ふふふといった感じで笑いだすしかなかった。
 「我慢してたんじゃないの」
 「してる。これでも」
 俺のこと嫌いになる前に部屋入って。彼は私の頭を一つ撫でた後、まるで自身がか弱い生き物であるかのような声で、そう言った。そう言われてしまえば私は彼と別れる他なく、そうだねと言って体を離した。柵にもたれたまま、彼が私を見ている。その視線を数秒間浴びた後、私は踵を返してまた階段を上っていった。突き当りを曲がって入居者達それぞれの玄関ドアが並ぶ廊下に入る前、一度振り返ると彼は真っ直ぐ立ち上がっており、黙ったまま手を挙げて、歩いて行ってしまった。例えば私の部屋がどこであるとか、そういうのを探る気もないらしい。私は彼を嫌えない。嫌えないがしかし、もう会うこともないだろうと思うと少し、胸が痛いのだ。





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2014.4.18


 鳥籠 / 籠城 / 城楼 / 楼閣 / 閣筆
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