土曜日が終わろうとしている。そんな時間に私は初めて意地も張らず、彼に連絡を取りたいと思いあの、きよすみからのメールを開きあの番号を、発信した。「」。誰?とかなに?でない第一声を、彼は発した。
 「迎えに行く?」
 「いいよ電話で済む話」
 「本当かよ」
 「納得いかなかったら会いに来て」
 それで?仁が話の続きを促した。今日、彼の後ろで騒がしい音はしない。しんと静まり返っている。土曜の夜なのに出歩いてもいないのだろうか、それとも本当はどこかで遊んでいたのに私の着信に気付き、静かな場所へと移動したのだろうか。あのね、私は言葉を探している。




    流雛




 今朝、惣菜パンと飲み物をふたりで手分けして胃の中に収め、煙草を何本かずつ吸った後、仁は帰って行った。それはまるであっさりとしており、ぐずぐず休日を私の家で過ごしたいという気配をひとつも見せず、連絡してとか心配すんなとか愛してるとかいう言葉もなかった。別れの口付けすらなく、私は彼が自宅の玄関を出て行った時、内心拍子抜けしていたが反面、納得もしていた。付き合えないと言ったのは私だし、それに頷いたのは仁だった。これまで散々そういうあっさりとした態度を仁に見せていたのは私だし、それに耐えていたのは仁だった。だから彼がああいう風に土曜の朝に、確かに深く交わって、好きだと言っていたのにも関わらず帰ってしまうのは、当然のように思えた。ひとり残り、しばらく呆然とした後私は、水温の設定を低めにしたシャワーを長い時間、浴びていた。に全てを話すと私は言った。彼女は今なにをしているのだろう、テスト前日のあの日から追試を終えた昨日の放課後まで、ずっとくたくたの様子だった私の女友達は。眠っているだろうか。それとも怒り心頭らしい両親に規則正しい生活を強いられ朝早くから起こされているだろうか。バスルームを出て時計を見るとまだ9時前で、私はに今すぐ連絡を入れたいような、それとも全部ほったらかしにしてしまいたいような、そんな複雑な気分で、歯を磨いていた。
 は彼の電話番号を知っていた、電話したら?と提案していた私にそのことを言わなかった彼女を、責める気はない。そんな小さなことをいちいち報告したとかしなかったとか、言う気はない。あの時私はショックを受けたように思うが、裏切られたとは思わなかった。ただ彼女がああやって酔っ払った時に、彼に電話をしたことが気になっている。酔った、勢いでの行為だったのだろうか。それともあの頃ふたりは日常的に電話をしていたのだろうか、だからとっさに呼び出したのが彼であったとか。そうであったならそのとっさのコールの後で、酔っ払って彼に告白をし、冷たくあしらわれたが不憫でならない。をあしらうだなんて気が狂っているとしか思えないが、その男は私を好いていて、私も彼を好いている。そして昨夜交わった。それを言ったらはなんと思うだろう。というよりも彼を好いていたことを隠していた私をなんと思うのだろう。私は昨日まで友情への亀裂を危惧していなかった、それは私が彼から身を引き、自らの気持ちを隠し続けることに自信があったからだ。それなのに私は彼への気持ちを隠すのをやめてしまい、交わり、挙句そのことを彼女に告げようとしている。彼女が私を嫌うのならそれで構わない、私は恐らく最低のことをしていたのだから、彼女が私を非難しようと軽蔑しようとそれはいい。私はただ、それに際して彼女が、傷付くことを恐れている。失恋の、原因の一部が私であると知ったらは。どうするのだろう。に謝りたい、嫌われたくないし、なにより傷付けたくない。けれどうまく全てを伝えられる自信もない。私と彼女はこんなことでだめになる人間関係だったのだろうか、そう考え、全て私が彼女に余計なお世話をしていたことがこんな事態を招いたことに気付き、重たい体の理由がわかった。まっすぐ。きよすみの言う通り最初からまっすぐにしていればよかったのだ。にまともな男を見つけてやりたいとかいう驕りを、持ち合わせた私が悪かったのだ。彼女を傷付けたくない、危険にさらしたくない、その一心でなにもかもを隠した私が愚かだったのだ。彼女と仲良くし続けたいし、仁と関わっていたい私のわがままを、私は随一の女友達に打ち明けるしかない。それがせめてもの償いで、誠意で、愛情表現であるような気がした。

 なにしてる?結局いつもの、休日を持て余した時と同じような気分で、午後になってから私は彼女に電話をかけた。あー今ちょうど暇してたんすよー、変わりない彼女の明るい声が向こうから聞こえた。
 「よかった、どっか行かない?お昼食べた?」
 「あ、食べちゃった、親が作ってくれてさっき」
 私は緊張もなにもなく、そういう風にと喋りはじめた。全て話さなければという使命感はあったが、こうして彼女の声を聞いていると完全に落ち着いてしまい、話があるからちょっと会わない?みたいな切り出し方をする気なんて少しもわかなかった。暇なら遊ぼう、そんな感覚で私は彼女とやりとりをしている。
 「そっか、どうしようかな」
 「ねえ雪菜って今 家?行っていい?」
 「あ、うんいいよ」
 「ほんと?よかった、あたし、今煙草没収されてるじゃん、めっちゃつらくて。親も顔知ってる子のとこしか遊びに行かせてくれないしさあ、の家って言えば一発だから」
 「うん、じゃあ待ってる」
 「なんか買ってくよご飯まだなんでしょ?」
 「や、いいよ」
 「買うよーこの間ファミレス払ってくれたしね。なにがいい?まあコンビニだけど」
 なんでもいいよ軽いので、と私は答えた。おっけーじゃああとでねー、と言うにうんと返し、電話を切った。掃除をしようかと思い立ち、家の中を見て回った。寝室にコンビニの袋が落ちている、中に未開封のメンソールの煙草が入ったままだった。休日に両親から軽い軟禁を受けているらしいに、あげてしまおうと考えた。仁が私の吸う煙草を覚えていて、頼みもしないのにそれを買ってきたことに今さら、私はじんわりと感動している。そういう細かい感情の動きを私は、この後自分の女友達に打ち明けるのだろう。
 一年半ほど前の入学式の日、新入生で茶髪だったのは私と優子だけだった。私達は同じクラスを充てがわれ、出席番号順に並べられた教室で、隣同士だった。私が先に教室にいて、周囲が同じ中学の出身者同士で小さく固まっておしゃべりをしている中ひとり、席について携帯をいじっていた。田舎の中学からひとりでその高校に入学した私には彼らのような、小さな縄張りを顔見知りと作り上げる術がなかった。はしゃいだり、見栄を張ったり、わざと大声でしゃべったりしている同級生達を見て私は、ほんのりと冷めた気分でいたように思う。田舎の、もはや兄弟かなにかのように見知った同級生達にうんざりし自宅から通えないような遠くの学校を選んで進学したというのに、ここでもあそこと同じような、結託したグループがもう作り上げられている。どこに行っても同じなのだろうか、考えてみれば姿形でさえ、中学までの同級生達とほぼ変わらないように感じた。
 「やべえイケメンひとりもいねえ」
 教室に入って来て私の隣の机に鞄を乱暴に投げ出したのその小さな独り言が聞こえ、私が思わず笑ってしまったのがはじまりだった。朝教室に入ってクラスメートの男子を見て、私が抱いたのも同じ感想だった。まるで制服に着られているかのような幼い男達。彼女は大変人懐っこそうな表情で私を見、おはよう食べる?と、ポケットからアンパンマンラムネの筒を取り出して私に差し出した。ありがとう、私は思えばあの当時からやや奇怪であった彼女の行動と好意を何故だか自然に受け止め、右手を差し出していた。頭痛薬のような小ささのラムネが、私の手の平にいくつもいくつも落ちてきた。
 「中学どこ?」
 「言ってもわかんないと思う」
 「遠いの?」
 「遠いし。田舎」
 マジか牛とかいる?は笑いながら自分の椅子を引き、軽やかにそこに腰を下ろした。海があるよ、と私は答えた。海かあ、と呟くの髪は、今よりずっと明るい色で、今よりずっとみっともない染まり方をしていた。貧乏なギャルを思わせるその髪色と傷んだ髪質を持つ彼女は、それでも顔がどきりとするくらい美しくかわいくて、愛想がいいので。勘違いしたヤンキーみたいな印象は受けなかった。おはよう遅刻しなかったんだー、彼女と同じ中学だったのだろう女子グループが、教室のドアから顔を出してこちらに声をかけてきた。誰ひとりのような奇抜な髪はしておらず、化粧っ気もなかった。まるで同族ではないような雰囲気であったのにはとても親しげな表情で彼女らに挨拶を返し、手を振っていた。私は、アンパンラムネを一粒噛んでいた。
 翌日からきっちり六時間授業が始まり、昼休みがあった。私達は朝の挨拶からはじまり教室での座学中はぽつぽつと言葉を交わし、昼休みに自分の席についたまま、隣同士で昼食をとっていた。は母親が作ったのであろう彩りのきれいな手作り弁当だったが、家に母親がいるわけでも、早起きをして自炊するわけでもない私は、自宅近くのコンビニで買ったサンドイッチをかじっていた。お母さん寝坊しちゃった系?は私の家庭環境を、なんのためらいもなく尋ねてきた。
 「私、一人暮らししてて」
 「え?なんで?捨てられた?」
 突拍子のない彼女の返事はおもしろかった。捨てられてないよ、実家遠いからこっちに一人で引っ越してきただけ、と笑って答えると、すげえVIPじゃん今度遊びに行くー、とは気軽にそう言った。それで自分も一人暮らしをしたいとか、でも地元がここだから無理だとか、他県の学校に行けるほど頭がよくないとか、両親が厳しくて本当に面倒くさいとか、そういう話を私に聞かせていた。彼女の話に相槌を打ち、訊かれては自分の話をしている間に私達の昼食が終わり、周囲も同じようなものだったのだろう。昼休みの廊下が騒がしくなっていった。もう友達できたのー?教室に入ってきた数人の女子達が、昨日の朝と同じ顔触れであったか私は記憶がなかった。そうなの今度家に遊びに行くんすよーとは答え、この子VIPなんだよお嬢様なんだよ、とかなり偽った私の情報を彼女達に流した。私が、の友人達をとっかかりに知り合いを増やしていきそれを友達として獲得していったのは間違いない。彼女のような素直で爛漫な女が高校最初の年に、隣の席でなかったら私はもっと静かで暗い学校生活を送っていたのかもしれない。私は彼女に感謝している、とても簡単に。と私が夜遊びを覚えたのはその一か月後で、私にこの地での初めての彼氏ができたのがその二週間後、が同じ中学だった彼氏と別れたのはそのさらに、二週間後だった。チャイムの音が聞こえ過去の回想から現実に引き戻される。私の学校生活を劇的に変えた女友達が、私の家にやってきた。

 「仁とやった」
 はコンビニで私の好きな、入学式で食べていたのと同じサンドイッチを買ってきてくれ、食べなよと差し出してきた。彼女が私の家のリビングのソファに、慣れた顔で座った時私は、唐突にそう告げてしまった。まるで雑談でも始めるように。
 は。私の美しい女友達はその美しい顔を保ったままきょとんとし、仁ってなに、あっくんのこと?と尋ねた。
 「あっくん?」
 「白い子でしょ?あたしそうやって呼んでんだよ」
 「え?なんで?」
 「苗字。あの子亜久津っていうの」
 「あくつ?」
 うそやったくせにフルネーム知らないわけ?はそう言ってけらけらと笑った。私は、一瞬抱いた緊張をこの女に、ことごとく壊されている。
 「てかそれほんと?」
 「うん、ほんと。昨日」
 「マジ?やっと?よかったー」
 「え?」
 やっと?よかった?その言葉を私は頭の中で繰り返している。が、理解できずに繰り返し続ける。ええそうなの?とかなんで?とか。うそでしょとかふざけんなとかちょっと待ってとか、そういう言葉を私は予想していたし、むしろ期待すらしていた。よかった、とは一体なんだ。が私と仁がしたことを、喜んでいるようにしか感じられない。ちょっと待って、私が、その台詞を言うはめになっている。
 「怒るんだと思ってたんだけど」
 「へ?なんで」
 「なんでって。あの子のこと好きだったじゃん」
 「そうだけど」
 「そうだけど、って」
 「でもも好きだったじゃん」
 そうだけど、とは私は言えない。向かいのソファにかけたは何食わぬ顔で、自分の買ってきたコーラのキャップをひねっている。炭酸の抜ける音がして、それは開いた。やっぱこれだわーあたし今 家でさ、コーラも飲めないんだよずっと麦茶だよ?自分の話を普段と変わらぬ調子で始めたに、いつから気付いてたの?と私は尋ねた。
 「えー?いつからだろ、わかんないけど」
 「じゃあ私が仁のこと好きなのわかってて、こくったりしてたの?」
 「うん、ちょっと悪いなーと思ったけど、でも好きだったし、ふられたし、いっかと思って」
 「私が隠してたの知ってたんだ」
 「知ってたよー、なんで言ってくんないのかな?って思ったけど頭いいし、あたしばかだし、考えが違うからしかたないかなーって思ってた」
 「そっか」
 私の声はしぼんでいる。はそれに敏感に気付き、ちょっとマジ暗すぎるって、と私をまた笑った。嘲笑ではなく、私の私らしからぬ風をただ、愉快に思っているかのように。
 「気付いてないと思ってた」
 「いや気付くでしょ普通」
 「わかりやすかった?」
 「わかりやすいっていうかさあ、と友達やって長いから、こいつに惚れてんのかなーとかわかるようになったんだよ。ばかはばかなりに成長してるんだからなめんなよ」
 はそう言い、不敵に笑って見せた。私は弱々しくだが笑い返しただろう。そっかやっとやったかーやっぱりあたしの好きなタイプをは彼氏にできるんだよなー、は下品なことと、正直な感想を言い、そして嬉しそうにしている。
 「はあたしにずっと遠慮してたんでしょ」
 「まあそんな感じ」
 「やっぱりねーなんとなくわかってたんだけど」
 「そうなの?」
 「そうだよ。だから言ったじゃん、色々言っていいよって。色々って、好きとか、気になるとか、そういうのだよ。あたし後半もうほとんど諦めついてたし、あっくん別にあたしのこと好きじゃないの察してたし、ていうかのこと好きだし。普通に応援したかったよが早くぶっちゃけてくれたらよかったんだけど。ねえなんでそんなにあたしのこと気にしてたの?別に好きな人かぶるとかそんなん前もあったじゃん、結局ふたりしてふられたけど」
 てかあたしかわいいんで、男とかすぐ見つかるからにそこまで心配される必要ないっすよーふざけた彼女の顔を見ているが視界がふらふらと定まらなかった。私はこの美しく、強く素直で朗らかで女友達を、守るつもりで見くびっていたのかもしれない。彼女の為、という私の思いは彼女の為にも私の為にもなっておらず、彼女は彼女でこんなにも強い力を持つのに私は彼女を見下し、ひとりただ事態をぐちゃぐちゃにしていただけだったのかもしれない。なんて無様なのだろう、なんという驕りだったのだろう。私があれほど傷付けまいとしていたは、私の罪を目の前にしてこんなにも明るい。ごめん。私はに遂に、謝ることができた。謝ることじゃないっしょーとは、許すだとかそれ以前に、私の罪を認めなかった。
 「なんか騙してたみたいで」
 「そう?でもあたしもきよすみがこくってきたとかあっくんにこくったとか、すぐ言わなかったじゃん。同じじゃない?」
 「でも結局私より先に言ったでしょ、恥ずかしくて言えなかったとかも教えてくれたし」
 「うーんわかんないけど、はあたしのこと考えて黙ってたわけじゃん?あたしは自分が恥ずかしいから黙ってただけだよ。どっちがださいかっつったらあたしじゃん。だから気にしないでいいと思う」
 てかあたしにめっちゃ愛されてね?あっくんやめてあたしと付き合う?そう言われてしまうと私は。あの入学式の時のように、思わず笑いだしてしまう。そっかやったのかー、私の女友達はまた下品な呟きをし、それを聞いて私は、やっと彼女にもらったサンドイッチの封を切ることができた。
 その後は完全にいつもの雑談のような気持ちになり、私は最初から最後までをに説明した。あの最初の夜から、昨日の夜までを。はコーラを飲みながらふんふんと話を聞き、私の煙草を吸いながらうわあすげえだとか感嘆し、時々自分の話を挟んで笑い、非難したのはただひとつ、あのクラブでのテキーラの男のことだけだった。最低じゃん、そう言って眉間に皺を寄せた後、急に申し訳なさそうな顔をする。
 「なんかごめんいつもあたしが酔っ払って」
 「いいよ、結局あいつがいたから仁に電話できたんだし、公園の時も送ったから仁と会えたし」
 「なにそれめっちゃポジティブ。でもあたし、親がどうとかじゃなくてちょっと夜遊び控えるよ」
 「うん、まあ、危ない時もあるんだなって思った」
 「そうだしそれに、あっくんいるならもう夜出歩かないっしょ?」
 「あー、」
 どうだろ?私は首を傾げている。私達のどちらかに、彼氏ができた時私達の夜遊びの頻度が極端に減ることを思い出していた。ここしばらく私にもにも、まともで長続きする彼氏がいなかった為こういう事態は、久しぶりだった。寂しがるかと思っていたがは、あたしも早く彼氏作ろうだなんて言って、あっけらかんとしている。
 「あーあたし、失恋したけど、まあいいや、幸せになれたし」
 「うん」
 「ずっと思ってたんだよあたし、あっくんのこと好きなくせにさ、ふたりのこと見てて、お似合いなのにとか」
 「私はときよすみが付き合えばいいのにって思ってたよ」
 「うわーそう言われると思ってたー」
 そうなんすよねー確かにそうなんすよー、が頭を抱え、私は笑っている。
 私とは昼過ぎからの門限の時間になるまで、ずっとそこで喋り続けた。じゃああっくんと付き合ってるんだ?昨日が記念日? あ、まだ付き合ってない え?なんで に全部言ってからじゃないと付き合えないって言ってある なにそれ鬼じゃん そう? だってあの子絶対寂しがりだよ ええ?わかんないよ そうだよ絶対。早く言ってあげなよ いいよ、あとで あははかわいそう、そんな風に。外が暗くなり帰らなきゃと立ち上がったに仁が買って来た煙草を渡すと、マジあっくん感謝っす、と彼女は天に向かって両手を合わせた。縁起でもないことしないでよ、と私は彼女を叱り、アパートの外まで見送ると、部屋に戻ってベッドで眠ってしまった。ただならぬ達成感とぬくもりと安心が、私を包んでいて、眠るしかないような気がしたからだった。

 「お前さあなんで納得したら会いに来いって言わなかったんだよ」
 私の話を聞き終えると、呆れ返ったような声を仁は出した。そうかこの男はこの男なりに、もしかしてやはり私が付き合えないとか、好きじゃないとか、嫌いとかと付き合えとか言いだすのではないかと、不安に思っていたのだろう。おかしくて、いとしくて、会いたいの?と私は尋ね、会いたい、と彼は答えた。
 「会いたいの?」
 「会いたい」
 「我慢して」
 わかった。彼の返事は素直だった。まるであの日と同じように、私に欲望を抱いていることを知らせつつ必死に人間らしさを保っている自らをこんなに短く表したこの仁という男を私は、嫌えない。付き合ってください、私はやっとそれが言え、うん、と仁は一秒でそれを認めた。





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2014.7.18


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