やばいよそろそろ親に殺される、ある日がそう言ってから、私達の夜遊びはかなり控え目になり、学校帰りにふらふら繁華街をうろつくのが日課になった。私はのそれが最早口癖のような、いつもの一時的な自粛期間の開始を告げる合図であるのを理解していた。の親は彼女の夜遊びがたて続くと毎度毎度、携帯の差し押さえや自宅への軟禁や高校の自主退学をちらつかせ、落ち着いた生活に戻るよう促しは毎度毎度、それをいくらかは真に受けて21時までに家に帰るようにしたり、彼氏との連絡の主体を通話からメールに切り替えたり、化粧を薄くしたりする。ただそれは長くとも一ヶ月くらいの間だ、いつの間にか私の女友達は新しい彼氏を作ったり、今までと違った遊びを発見したりし結局は、また夜遊びをするようになる。親元で暮らしていない私に彼女のような制限が課せられることはまずない、だがしかしを置いて、どこかに出掛けるのは気が重いし楽しくもない。だから私は、のこの自粛期間に付き合い、放課後の繁華街をふらふらし、少しの買い物、プリクラ、クレープの買い食いなどを満喫している。




    籠城




 というのは美しい女なのだ。背は高くないがティーンズ誌のモデルのように整った甘い顔をしており、しかし喋ると愛嬌があり、どこか少し抜けていて可愛らしいとなると、彼女は驚異的にもてる。ほんとかわいいよね、私はことあるごとに言い、そうでもあたし致命的にばかなんすよー、とか返事をするが私は好きだ。
 私達はその日も、まだ夕暮れの訪れないアーケードの下をだらだらと歩いていた。カラオケに行く気でここまで来たのだが、いざでかい看板の、低音や下手くそな歌声が漏れているカラオケ店の前に立ってみると、なんだか途端に唄って騒ぐ気が失せてしまい、なんかおなか減らね?と言うと共にカラオケ店の隣の、ハンバーガー屋に入って一番安いバーガーを食べ、煙草が吸いたくなってそこを後にした。私達はゆったりと喫煙できる場所を、だらだら歩きながら探していた。まだ明るい内に、私達が外で喫煙をできる場所というのは限られてくる、しかもゆったりとなればなおのこと難しい。いつもいつも私達は最初、堂々とゆっくり、少なくとも5分は周囲の目を気にせず喫煙できるなんらかの場所を探し、結局見つからず、人気のない喫煙所か路地裏か店先を見つけて一口か二口の、大急ぎの喫煙をするはめになるのだ、それはわかっている。けれど一応はいつもいつも、制服のまま煙草を吸っても通報や、注意や、補導を免れられる場所を探すのだ、特に食事の後は執念深く。出先での、明るい内の喫煙は危険しかない、けれどそれでも私達は煙草を吸う、特に食事の後は、吸うしかないなにがなんでも。ああだめあそこ人いるっぽい、地下歩行空間の出入り口近くの喫煙所をちらりと見て、が呟くのが聞こえた。もう少し歩くしかないらしい。
 例えばこうして二人で歩いていてナンパをされる時、声をかけられるのは決まってだ。こんにちは、とか。かわいいっすねとか学校どことか今暇、とかそういうことを、話しかけやすい雰囲気を彼女はまとっているのだろう。私と歩きながら、大声で喋って笑う、時々理解しがたい言葉を吐く、そういうところに、男達はやってきてなに喋ってんのとかなに笑ってんのとか、言い放つのだ、話してみれば、とっつきやすく明るいはすぐに人気者になる。私は大体、彼女の後に声をかけられる。あー友達と買い物?同じ学校?ふたりしてかわいいねー、その程度の、おまけみたいな扱い方で。でもはきれい系じゃんあたし、そういう顔めっちゃ憧れるよガキっぽくなくて。私の女友達は、時々そうやって私を羨む。彼女曰く自身は童顔で、だからなめられて年下にだろうとナンパをされるのだし、補導される確率も高いし、化粧をしたところで煙草を売ってもらえないのだとか。子ども臭さ、若々しさが今は私達の邪魔をする。「ゲーセンは?」、私はこの先にあるゲームセンターの入口に灰皿があるのを覚えていてに訊き、隣の彼女は遠くへ目を凝らした後「だめ、学生いるよ制服の子達。あんなのと一緒にいたらすぐ捕まりそう」と悔しげな声を出した。
 もう諦めてどこかの陰に隠れて煙草に火を点けようか、そんな暗黙の提案をお互いに抱きながらその、ゲーセン前を通り過ぎていく。私はほとんど顔を上げないまま、目の端で確かにの言う通り、学生服を着た男がふたり、そこで煙草を吸っているのを見た。制服のままあんな、通りを歩く人間全てが見える場所で煙草を吸うだなんて。私は自分達の日頃の行いを棚に上げ、彼らを内心批難した。もし私達もあそこに行って、彼らと一緒になって煙草を吸っていたらもっと目立つだろう、すぐに店員が駆けつけてくるに違いない、それともアーケードを抜けてすぐにある交番から、警察官がやってくるだろう。そんな面倒な事態はごめんだった。どこ行く?が尋ね、ていうかその後どうする?私も尋ねた。
 「ねえカラオケ行かないっすかー」
 振り向くな。とっさにそう念じたのに隣のには通じなかった、だから私の美しい女友達は、ほいほい男に捕まってしまうのだ。究極に神経を尖らせていないと無視ができない。ふいに声をかけられたりすると、ほぼ100%彼女は振り向く、例えば大きな音がしただけでも振り向いてしまう。そういう、警戒心の少ない間の抜けたところに男達は近づいてきて、私達に恩恵を与えたり、煩わしさを投げつけてきたりする。は振り向き、しかも立ち止まってしまった。「ちょっと」、彼女の制服の袖を軽く引っ張って注意を向けてみたりもしたが、反応がないので諦めて私も歩みを止め振り向いた。
 「おごってくれる?てかあたしら煙草吸えたらそれでいいんだけど」
 子どものような甘ったれ具合と、ずるさを持ち合わせるはそう答えた。彼女と1メートルほどの距離をあけて立っているのは明るい茶髪の男で、学生服姿だった。さっきゲーセンの前で喫煙をしていたふたり組と同じものだ、つまりさっきの内のひとりなのだろう。やめなよガキだよ。私は彼の着る学生服が白いのを見て山吹中の生徒であることを見抜き、声も潜めずに忠告した。えーでもさっきから思ってたんだけど、カラオケで煙草吸えばよくない?どうせ最初行く気だったんだし。同じように声を潜めず、は無邪気な顔で私を見上げた。ガキって言わないでよー、男が困ったように笑っていた。
 「帰ろう」
 「帰る?どこで煙草吸おっか?」
 「わかんないけど。私の家来てもいいし」
 「あーほんと?じゃあそうするーじゃあねー」
 は私の言葉に嬉しそうに笑い、学生服の男にひらりと手を振って見せた。彼は諦めず、いやいやカラオケがいいでしょー、とさらにを引き止めた。彼女の油断は中学生にも伝わってしまう、だからこうしてこの男は、重点的にに声をかけるのだった、そうすれば、いつかは流されて、カラオケに行くと言い出すかもしれない。行かないよ、私は彼女が流されるのを食い止めるため、声を出した。
 「元々行く気だったんでしょ?俺らと一緒に行けばいいじゃん」
 「俺ら?ひとりじゃないの?」
 「友達が一緒にいるよ、今煙草吸ってて」
 彼が証拠を見せるように振り返り、私達もそちらを見た。ちょうどその時に、彼の連れである男、同じ山吹の制服を着た男がふらりとゲーセン前からこちらに姿を現した。銀色の髪の、背の高い男だった。おれのこときらいになるまえにへやはいって。その言葉が突然よみがえり、その低い声と今見えたその姿が完璧に一致した。中学生だったのか。
 彼は私を確かに見た。確かに私を見、私と一瞬目を合わせた後すぐに目を逸らし、自分の友人である茶髪の男を見て、ふわりと笑った。ばかじゃねえの、そう言っているのは私には聞こえずとも、口の動きでわかった。
 「ひっどいなーお前が行って来いって言うからがんばって引き止めてたんじゃん、言っとくけど無理、全然無理、めっちゃガード硬いし、おごる前提だし、だから言ったじゃんもっとナンパ慣れしてなさそうな子の方が楽だって」
 唐突に。饒舌になった茶髪を見て、ああ遊びで声をかけたのだと気付いた。本気でカラオケに行って、その後なにかを起こそうとは思っていなかったのだ。ただの背伸びした中学生の遊びだ、もちろんカラオケに行けたならそれはそれで楽しんだのだろうが前提としてはおふざけで、お前ナンパしてきてみろよという、そういうノリの遊びだったのだ。も即座にそれに気付いたようで、なんだおごる気もなにもないんじゃん、とふてくされている。銀色の髪の、いつかの夜私を家まで送って行った男は自らの友人に近づいたが、完璧に隣には並ばなかった。私と、茶髪の男、そして彼という微妙な距離を保つ並びが、アーケードの下に出来上がっている。彼は立ち止まり、なにも喋らず、友人に首を傾げて見せた。
 「ごめん、ちょっとふざけてて。大体俺らおごるほど金ないし、こいつカラオケ嫌いだし」
 私達に向き直り顔の前で、合掌を作って見せた茶髪にがはあ、とため息を吐いている。私はなにも言えないでいた。白い学生服の、あの男をずっと見つめていた。しかし男は、私に目を向けない。
 「マジさ、あたしら時間ないんだよめっちゃ煙草吸いたいし、なんなの?」
 「ごめんって。あ、でも仲良くなれたらいいなあとかは思ってるよお姉さんまじかわいいっすね」
 「なんだよそのついで感うける」
 そうしては朗らかに笑ってしまう。隙を見せてしまうのだ。まあでも相手は中学生だ、ふざけ半分で声をかけたのだと白状もした。笑うをすぐにでも引っ張ってここを去る必要はないだろう。私は彼を眺めている、ある夜のある時間だけ一緒に過ごし、私の唇だけ奪って潔く身を引いた男、そして今になってこちらをちらりとも見ない男を。あの時は私も制服を着ていなかったし、気付いていないのかもしれない、それとも私のことなど、覚えていないのかもしれない。どちらでもよかった、覚えていたとして、私に気付いたとして、私はこの男になにを求めたいのだろう。どちらでもよかった、それなのに、男を眺め続けてしまうのは何故なのか。「や、マジ仲良くしたいよ」、「えー今さらなに言ってんの?」茶髪の男との騒がしいやりとりをじっと見つめていた男がふいに欠伸をし、顔を上げた。そして私とまた目が合い、ふわりと笑うので。ああこの男は覚えているし気付いている、それなのにわざと私を放り投げているのだとわかった。
 なにかリアクションすべきだろうか、彼がまだこちらを見ている内に。そう考えているとが私を見上げ、なにか話しかけようとしたのだろう口を開いたまま、固まった。そして私と、茶髪の後ろにいる彼を交互に見た。
 「え?うそなに惚れた?」
 が大発見でもしたかのような大声で言うので、茶髪の彼も彼女に倣い私と、彼を交互に見た。ばか言わないでよ、私は思わず笑ってしまう。向こう側の彼は友人に振り向かれ、面倒臭そうに首を横に振っただけだった。

 と、きよすみと名乗った男がアドレスを交換するのを私と彼は、相変わらず黙って眺めていた。じゃあもうカラオケ行きましょう、とおふざけを暴露したわりにきよすみという茶髪はまだ私達を誘ったが、おごってくれないなら行かない、とが言い、私達は解散する定めとなった。私と彼は、一言も口を利かなかったしあのふわりとした笑いの後はひとつも目を合わせなかった。ただぼんやりと互いの友人のにぎやかなやりとりを見ていることに徹し、彼らがまたねーと言い合うのを静かに見届け歩き出した。
 「めずらしいじゃん中学生なんて」
 アーケードを抜けてから感想を述べると、あーうんなんかノリ?といつもの軽率さでは答えた。年下だとか。同級生だとかに興味はなくいつも年上に惚れるが中学生とアドレスを交換するだなんて変な感じがしていたが、こうやってふたりきりになってこの軽率さを前にするとそういうこともあるのだろうと簡単に納得してしまう。かっこよかった?私は尋ね、まあねでもちょっと若いかなあと、はやはり若さにつまずくのだ。
 「は?あの白い子気に入ってたの?」
 「うーん。なんか」
 「いい顔してたよね?あのだっさい制服着てなかったらよかったのに」
 「ああ、わかる」
 「あれでもうちょっと愛想よかったらなあ」
 あんたほんと理想高いよ、私は彼女を小突き、だって言うだけただっしょー、とも私を小突き返した。私はに、この間の夜に起きた彼とのことを話すべきか迷っている、惚れたのではなく、ただ知った男だったからさっき彼を見ていたのだと、まさか中学生だとは思わなかった、とか。しばらくと喋って私の家に向かいながら迷っていたが、結局あの夜の次の日の朝、学校で会ったにそのことを言わなかったのだから今さら言いだすのも変に感じ、言い留まった。キスされた、と言ったらはどんな反応をするだろう。マジかよあいつ最低、と嫌悪を露わにするかそれとも、私が彼に気があるものだと思って色々根回しだとかしてくるだろうか。どちらも私は望んでいなかった。例えばさっきあの彼が、私にすぐさま声をかけてきたなら事態はまた変わっていただろう。私は再会を幾分か喜び彼に興味を持って、カラオケに行ったかもしれない。いやこいつこの間さあ、とに大げさに話をしたかもしれない。それとも気安く話しかけてんじゃねえよとか言っての腕を引っ張って、あの場から逃げたかもしれない。けれど彼は私を意図的に無視した、私を知っていることをにぎやかなふたりに隠した。だから私は、彼に関して周囲がまとわりついてきて、あの夜がねじ曲がったり広がったりするのを望まない。このまま、ただの一夜の思い出として私の中の囲われた堅い部分に存在し続ければそれでいいと思う。それなのにああして言葉ひとつ交わさなかったことが私の中の、あの夜を次々思い出させて締め付けてくる。白い子のアドレスさっきの子に訊く?は携帯を取り出して見せたが、いいよ、と私は断った。





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2014.6.14


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