の得た順位表の49位という順位は丸印で囲まれ、追試試験を受けた者であることが表されていたが。それでも49位であることには変わりない。私の女友達は、まだ帰りのHRが終わっていない私の教室へやってきてと大騒ぎし、私達の担任に制止されながらその順位が書かれたぺらぺらの紙を、掲げて見せた。先ほど私達のクラスでも同じものが配られ、その最中に廊下の向こうからうわああやべえ、という叫び声がこちらの教室にまで聞こえ、そのトーンの高さからなにか奇跡的なことが彼女に起きたのだろうという予想はしていた。まさか本当に、あのが、50位以内に入っていまうとは。クラス中が彼女の興奮にからからと笑いはじめ、やばいあたし天才じゃね?と言うを担任がたしなめ、後で話聞くから、と私が答えると。早くしてねーと担任を急かしては教室を出て行った。私は、彼女の爛漫さに心の底から笑いがこみ上げてきた。




    雛鳥




 「打ち上げしようよふたりで。うちら超がんばったもんね?」
 の提案を私はすぐに受け入れた。これまでの私達の言う打ち上げというのはつまり夜遊びか宅飲みであったが、その日私達は特に相談もなく気持ちだけが一致しまだ明るい放課後、駅前通りを歩いていた。じゃあ一回家帰って20時に繁華街ね、という言葉はなかった。私達は自然に、制服を着たまま学校帰りのありきたりな高校生のような行動をとっている。自粛期間であるという意識もなかった。今はもうただ、夜遊びに強い関心を持たなくなっていた。喫煙所だけは懸命に探すだろうが。
 「あーもう、ほんとあたしすごい」
 「お母さんとかびっくりするだろうね」
 「倒れるかもしれないよ、マジで」
 一回家に帰って順位表だけ見せてくれば?私は彼女の両親を安心させたい、感心させたい一心でわりと本気でそう提案したが、はきゃっきゃと浮かれた様子で、晩御飯でみんなが揃った時に見せつけるって決めてんだよねーと答えた。どうしても、どんなことを話していてもふいに笑みがこぼれてしまうらしい彼女を見ているのは純粋に嬉しかった。お礼しなきゃ勉強見てくれた子達に、思い出したように言うに頷き、みんなでご飯とか行きたいよねという彼女に同意し、けれどソフト部のエースなんかは部活がまた再開したのだろうから放課後は無理なんじゃないのと意見し、じゃあ土日にする?あの幼馴染の子とか忙しくないの?あーあいつねー勉強大好きなんすよいかれてるよね?助けてもらったくせになに言ってんの、そんなことをだらだら喋りながら私達は、追試を全て終えた日に逃げ込んだ、あのファミレスへと入っていった。
 
 「ねえあっくん呼ぼうよ」
 昼食とも軽食ともつかない料理をいくつか頼み、それにドリンクバーを付け健全過ぎる打ち上げ会を開始してしばらくが経った時、せわしなく携帯をいじっていたは顔を上げ名案だとでもいう風に言い、ええ、と私に気乗りしない声を出させた。それを見て彼女は、けらけらと笑うのだ。分厚いパンケーキにナイフで切り込みを入れながら。
 「なにそれ、嫌なの?」
 「そうじゃないけど。でも私と遊んでんじゃん今」
 「けどさああっくんかわいそうだよ、付き合ってからまだ一回も会ってないんでしょ?」
 「メールとかしてるよ」
 「会いたいなーとか思わない?てか言われない?」
 うーん。私は不明確な返事をし、自分の額をかりかりと掻いていた。土曜日の夜に付き合ってくださいと言い、あっさりと彼はそれを認めた。会いたいと、その時彼は確かに言い、私はこれまでと同じように彼を我慢させた。大した理由も思惑もなかった、ただあの時随分と遅い時間で、それで私が寝起きであったから、外出するのが面倒であったし仁がこれから私の部屋に来ると言い出しても起きて待っていられる自信がなかったのだ。加えて私は自分の女友達が強く美しいことを再確認し、とてもふかふかとあたたかな気持ちだった。満たされていた私は、仁との衝動的な面会を望んでいなかった。翌日曜日、私は仁に初めてメールを送った、以前きよすみから送られてきた「ここにメールすると幸せになれるよ」というふざけた文章を探し出し、そこに載せられた彼のアドレスにおはようとか。そういうことを送ったのだ。その時も、大した理由は思惑を持っていなかった。付き合ったのだからメールをした方がいいのだろうと思い送ったのだ。仁の返信は遅かった、シャワーを浴び、部屋を片付け、化粧をしようかとか考えていた頃に返ってきたそれは、?という私の名前と疑問符、ただそれだけで、私は彼が私のアドレスを知らなかったことを思い出して、ひとり笑った。そうだよ、私は答え、今日練習試合、という仁の返事はそれからさらに、30分後に送られてきた。ねえこの子メール遅いんだよそういうやつなんだよ誰に対しても、私は思わずにそう知らせたくなり、しかし彼女が彼を諦めた今そんなことを聞いてもなんの足しにもならず、私が、彼と付き合っていることを思い出して数分間、不思議な感覚でいた。
 ごめん寝てた。そういう連絡が入ったのは月曜日の朝で、日曜の夕方で突然に途切れた彼のメールを別段気にしてもいなかった私はそれを読み、謝ることないのに、と考えていた。終わった、疲れた、負けるわけない、そんなような彼の短いメールを午後になってから受け取っており、眠い、を最後に返信がなかったから私は、彼が家に帰ってくたくたのまま眠ったのだろうことを予想していたしどんな時であろうと、メールを入れろとか付き合っている男に強要する気はないそれに、メールが返ってこないことに対する不安というものを人よりは、感じにくい。「仁って構ってくれないとか冷たいとか言われてよくふられるでしょ?」、家を出る時に私は彼にそう送り、との待ち合わせの十字路にたどり着く前にそれは、「にはふられない」という頼もしい言葉となって返ってきた。
 週が明け、また学校がはじまりメールは続けていたが、なんとなく会おうとは言いだせず仁の方も、そういうことは送ってこなかった。はたびたび私達の具合を知りたがり、メールをしてるとか、寝ぼけてこんな誤字があったとか、そういう報告を私はしていた。私は学校へ行き、次々返却されるテストを見てその点数にやれるだけやったような手ごたえを感じ、放課後と一緒になって下校し、少し遊んで、家に帰っていた。今日部活、という知らせが仁からほぼ毎日あり、彼ときよすみの所属するテニス部の大会がもうすぐであるのを私は知った。そうなると余計に、会おうだとか言いだせる感じではなくなり私と彼は、あの土曜日から今日まで一度も会っていない。もっというと電話でさえ、していなかった。ねえ呼んでよ、あたし呼ぼうか?ふたりが喋ってんのとかすっごい見たいんだけど、は私の目の前ではしゃぎ、そう急かしている。来て、と言えば彼は来るのだろう。今までこうして私達の誘いに、きよすみと一緒になってやってきていたのだから部活に対して、さぼるわけにいかないとかいう強い思いを抱いているわけではないのだろうし。けれどこれだけの期間が空いてしまった今、そして会いたいと互いに言わなかった私達が今、こんな風にしての前で再会して、どんな風に過ごせばいいのだろう。今までなにも知らないようなふりをして彼女の前で過ごしていた私達は、どうすれば。私は付き合ったくせに会わなかった時間が生んだ彼氏である彼に対するこの幼子のようなもやもやした感情を、持て余しており、うーんともう一度、唸った。ねえ。声を潜めて、が私をぎゅっと見つめた。
 「もしかして恥ずかしいんだ?」
 含み笑いをされ、固まってしまった。恐らく、彼女は見事に私を見抜いたのだった。そうだと思う、私は正直にそう打ち明け、じゃあきよすみも呼ぼうよそしたらいつも通りじゃん?とは妥協案だかなんだかよくわからないことを提示し、私はもう、諦めて頷くしかなかった。

 よかったねえらいねテストお疲れ様ー現れたきよすみが座っているの、頭を抱きかかえるようにして撫でたので私はかなり当惑した。もえらいでしょーあたし天才かも、だとか言ってそれに応じているものだから、頭の中が色のついた空気でいっぱいになったような感覚に陥る。きよすみよりやや遅れてやってきた仁が、特に驚いた様子もなくそれを眺め、私の横に座ったので。私はやっと状況を理解した。
 「付き合えましたー」
 きよすみが嬉しそうに。本当に嬉しそうに私を向いて笑いかける。きいてないよ、私はふざけてを責め、あたしだって秘密くらい持ちたいんだよ、ともふざけて私を咎めた。
 あーパンケーキさっき食べちゃったんだよね、メニュー表を開きときよすみが追加オーダーの相談をしている様はひとつの陰りもなく幸せそうであり、見ていて妬みも卑下も浮かばないような純粋さを持っていた。私は彼女が妥協やノリできよすみと付き合ったのではないことを感じ取っている、それは恋愛感情を越えた、もう節理のようなものに思えた。ふっと柔らかなため息が出て、なんとなしに隣を見ると仁がいて、彼はつまらなそうな顔で頬杖をつき私の向こう側にある窓の外の通りを眺めていたようだったけれど、視線に気付いてこちらへ目を向け、それを細めた。ああとかもうとか私は言いだしそうになるのを堪えている。そんな整った顔で私を見ないでくれとか、そういうことを。ひさしぶり、仁は私を見据えたまま小さくそう言って、聞こえていたらしいときよすみがその他人行儀な言葉にくすくすと笑い、私は、なんとも言えない緊張を抱いたまま彼を見つめ返していた。
 「でもってずるいんだよ、49位とか言ってあたしめっちゃ喜んでたのにさっき見せてもらったら、40位だからね」
 こうして私達が四人で集まってしまうと、それぞれの関係がどう変化していようとこれまでと同じような空気が出来上がってしまうらしかった。つまりわいわいと話をして笑って、ふざけるのはきよすみとで、仁と私はそれを静かに眺め、時々口を挟んでいる。底抜けに明るいふたりを目の前にしていると私が隣の仁に抱く緊張は軽くなっていき、無視をしようだとかいう気はひとつもないのだけれど決してきよすみとのように自分の恋人を大っぴらに構いたいとも思わなかった。ただ、これまでの集まりと同じようにして過ごせばそれでいいのだと、そう教えられているような気がした。氷で薄まったもう味なんてほとんどしなさそうなコーラをストローで飲みながらが私の成績を愚痴り、おねえさんやっぱ頭いいんだ?ときよすみが真面目な顔をしている。そんなことない、否定する私の横で仁が欠伸をした。そうこれが、隠し事をやめてしまったくせにはたから見ればほとんど変化のない、まっすぐな私達なのだろう。
 「ねえどっちが頭いいの?」
 がふたりに尋ね、きよすみが俺、と言った声と仁があんたの彼氏、と言った声は重なった。
 じゃあ頭悪い組で飲み物持ってくるーとが言い、彼女と仁は空いた四つのグラスを持って席を立った。私ときよすみが残され、ふと目が合った私達は、互いに気の抜けた顔をしている。
 「よかったね」
 「そちらこそ」
 「ねえあんたの言うとおりだったよ」
 「うん?なにが?」
 まっすぐでよかったなあとか。私は言葉尻弱く、きよすみに感想を述べた。あんたすごいよね、とか。きよすみはもそもそ呟く私に、お得意のにっこりをして見せた。その笑顔はこれまで一度も、陰ったことがない。すごい男だ、それがを好きになり、仁と私の間を取り持とうとし、自分の気持ちにまっすぐでいると言い切り今、の男になっている。やはりすごい男で、私の強く美しい女友達とこの彼は、お似合いだったのだ。
 「でしょ?惚れないでね」
 きよすみは私の褒め言葉をかなり大げさに受け取り
 「ばか言わないでよ」
 と私にたしなめられている。私達は朗らかに笑い合った。ココア販売終了だってー、代わりにコーラをふたつ持ってきたと、よくわからない飲み物を持つ仁がそこに戻ってきても、私達は変わらずに笑い続けた。

 夕食時に順位表を公表すると言っていたは18時が過ぎると立ち上がり、行かなきゃ、と決意を帯びた満面の笑みを見せた。きよすみが立ち上がり、送るよーと同じような、笑みを浮かべる。私は仁の方を見なかった、彼も恐らく私の方をうかがったりしなかっただろう。数秒遅れて同時に立ち上がり、じゃあ解散ということで、というきよすみの言葉に頷いた。
 じゃあねーと揃って手を振る女友達と、その恋人を仁の隣に突っ立ったまま眺めていた、ファミレスの前の、夕暮れの空の下で。打ち上げ代は合わせて4000円と少しになり、私達はそれぞれ千円ずつを出し、残りの端数はきよすみがあっさりと払っていた。昨日野球の試合があったじゃん、クラスの何人かで賭けてたんだよどっちが勝つ?って、俺、カープが勝つ方に賭けてて、すっごい儲けちゃったから、お金いっぱいあるんだよね。そんなことをきよすみは説明していた、面白おかしく。きよすみって強運なんだよ、は彼の話に笑う私に、そうやって説明していた。
 「仁は賭けてなかったの?」
 ふたりの姿がアーケードの遠い向こうで、人波に埋まっていくのを見届けてから私はふいに尋ね、隣の仁は賭けてた、と答えた。
 「カープに?」
 「中日」
 「じゃあ負けたんだ」
 「負けた」
 残念。そう言って笑って顔を上げた私を、彼はじっと見下ろしていた。帰る?顔を逸らし、もう見えないあのふたりをそれでも見ているようなふりをする私の声を聞き仁は、きっとひとつ頷いたはずだ。
 「送る」
 彼の声は尋ねるでも申し出るでもなく、私を家まで送るという、ただそれだけの強い意志を帯びていた。
 「なんで?」
 問うた私をまるで黙らせたいかのような強さで、仁は手を握ってきた。これまで過去二回、私を家まで送った際ずっと私の横かすぐ後ろを、てくてく歩いていただけの仁が今日。私と手を繋いでいる。
 「普通に。もう送る権利あるだろ俺」
 そっか、私は実感し、若く、利用できず、金もないであろう男がひどく、くすぐったい。





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2014.7.26 完結

人生で初めてじらしまくる話を書いた気がします
続きというか裏というかそういうのが読みたい方は(自己責任で)下記リンクから鳥屋へどうぞ、ただやってるだけです

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