私達は部屋の使用時間を三時間に延長し、その間ずっときよすみとが歌い、騒ぎ続け私と銀色の髪の男はそれを眺め、煙草を吸い続けた。この不気味なビルに入ってから三時間後、私達は部屋を出て受付の老婆に金を払った。財布を出そうとした私をときよすみが歌ってないからいいよ、と口を揃えて止め、仲良く割り勘にして三時間分の使用量を支払っていた。ゲーセン戻ろうよ、きよすみの一声で行く先は決定し、私達は待ち合わせ場所であったアーケード下のゲーセンへと歩き出した。
 きよすみという男はクレーンゲームのうまい男だった。私とはそれぞれ一枚ずつ500円玉を彼に渡し、大袋に入った駄菓子だとかビッグサイズのコアラのマーチだとかを取らせ、それを食べながらうるさいゲーム機の間を歩き回った。まだ19時を過ぎたばかりで学生の姿も多かったが、はもう中学生と歩く自分を気にしなくなったようだった。プリクラ撮りたい。明るいふたりの意見は一致し、黙り込むふたりはそれを待つことが自然と決まった。両替機で小銭を作ったふたりがプリクラ機のカーテンの中に消えて行くのを、UFOキャッチャーのあたたかなガラスにもたれながら眺めていた。ふたりは気の合う友人なのだろうか、それともこの数時間でまたはここ二週間で、少しの恋愛感情は抱いたのだろうか。
 「煙草吸いにいかね?」
 唐突に、隣の彼はそう言った。




    楼閣




 私達は妙に足早に外へ出て、誰もいない出入り口の角へ置かれた灰皿の前に到着すると、一瞬周囲を見渡してから通りに背を向け、煙草に火を点けた。外は暗くなっていて、人通りは多いが騒がしく、私達に目を向ける者は少ない、と私は思いたい。けれど私は制服で、彼はどう見ても未成年の顔だ。三口。たったそれくらい、深く煙を吸い込んだ後私は、まだまだ長い煙草を水の張られた灰皿に投げ入れた。汚い灰皿だった、水は茶色を通り越して黒に近く、様々な吸殻で埋まっている。じゅ、と私の火種が水に落ちたその音は、心許なかった。男が。私の所作を不思議そうに眺めているのがわかった、けれど私は顔を上げない。彼は煙草を吸い続けている。
 「覚えてる?」
 ぽつりとした、そんな一言を男は呟いた。遂に私に向って、あの夜を確信づける言葉を発したのだった。
 「なにが?」
 私は。えらく冷淡な言葉を呟き返した。
 「俺のこと」
 「知らないよ。誰?」
 彼は無表情で真っ直ぐ私を見下ろした。私はそれを目の端で捉える、しかし顔を上げない。じゅ。心許ない火種の消える音がまた聞こえ、男が動いたのを感じている。彼は。これまで何度となく笑顔だけを寄こして私を放り投げていた彼は私に詰め寄って来て、壁際へと追いやった。外は暗くなっていて、人通りは多いが騒がしく、私達に目を向ける者は少ない、と私は思いたい。なに?私は言い、顔を上げた時、男の目を真っ直ぐに見た。こうすれば思い出す?そう言う男の目も真っ直ぐ私を見下ろしていて、それは段々と近付いてきた。身をよじる暇はなかったし、元々そんな気もなかったかもしれない。彼は私にキスをした。あの夜のように、さらりと。
 顔を離した時、男は笑っている。私は、どうだっただろう。
 「思い出した?」
 「嫌いになるよ」
 「覚えてんじゃん」
 男が笑う、そうふわりと。それで、嫌われたくないからもうしない、そう言って私から離れた。潔く、それなのに名残惜しそうに。
 中学生だったんだ?がっかりした?いやああいう友達もいるんだなって。ガキうぜーって顔してる。まあそうかも。私達はそんな会話を意図的に小声でし、プリクラ機の元へ戻った。明るい彼らはしっかり撮影を終えており、横にある小さなテーブルに向かって備え付けのハサミでもって、自分達の映ったシールを大騒ぎしながら切り分けているところだった。そこに点線あんじゃん!俺おっきいのいっぱい欲しいんだもん。私は、笑ってしまう。

 それから私達は解散した。きよすみとがけらけら笑い続け、私と彼が大人しくし続ける集まりは20時に別れ、男同士、女同士のペアとなってゲーセンを挟んで反対方向に、歩き出した。
 「楽しかった?」
 先に口を開いたのは私だった。
 「楽しかったー途中でガキと騒いであたし頭おかしいのかなとか思ったけど、まあよかったんじゃないかな」
 ありがとう、と彼女は笑う。私は彼女が途端にきよすみの悪口を言いだしたりしなくて安心している。あの笑顔は本心から来ていて、彼に嫌悪感を抱いたりはしていなかったのだ。結構仲良かったじゃん、私はそんな本音を呟いた。
 「私ばかだから。中学生くらいの方がレベル合ってんのかもね」
 「そんなことないけど。でも気が合うならよくない?」
 「でもなんか、気が合うだけで終わりそう」
 「ああ、そういうところあるよね」
 「あるでしょ?あたし、顔的には白い子の方が好きだもん」
 「そうなの?」、訊きつつ、そうだったのか、と私は内心重たいものを感じ取っている。
 「愛想悪いのはどうでもよくなったの?」
 「よくないけど、カラオケでさ、ときよすみがトイレ行った時ちょっと喋って。いいやつっぽかったんだよね」
 「そうなの?」、訊きつつ、そうだったのか、と私は内心重たいものを感じ取っている。あの時、やはりふたりはしゃべっていたのか。ふたりきりになって黙り込んでいる方がに関しては難しいことだから、それは予想できていたが。こうして彼女自身の口からそれが告げられてしまうと私は、どっしりと体の底が重い。そしてその後、あの男は私にまた、口付けた。そのことを私は彼女に黙っているし、彼もまたそんなことなんかなかったかのように、プリクラ以降の時間を過ごしていた。整ったその顔が我関せずみたいな表情を作る時私は、あの男になにより気高い花魁のような強みを見ていた。まるで高見の見物かのような。
 「かっこいいんだけどねーあたし、ああいう男にどうしても好かれないんだよ」
 なに言ってんのあんたかわいいんだから本気出せばすぐでしょ、私はいつもの通りに彼女を褒め、励ましてやった。
 「ありがとうでも最終的にさあ、いつもあたしの好きなタイプ持ってっちゃうのはだよね」
 の。その言葉に他意はなかったはずだ。皮肉とか嫌味とか釘を刺すという意味合いはなく、ただ長く連れ添った私達の経験から言える、予想とか流れみたいなものだったはずだ。雨が降ったら地面が濡れるよね、みたいな常識を語っているような感覚で発したものだっただろう。しかし私はそれを心の深いところにひっかけてしまっている。私は。彼女の幸せな恋愛を願い続けている、長く連れ添ったからこそ彼女がこれまで一緒にいた男達を見てきたからこそ彼女に、普通の優しい彼氏ができることを祈っている。それが、あの男達のどちらかであるならそれでいい、どちらも悪いやつではないように思う。だから私は彼女の好きだ、気が合う、かっこいい、その気持ちを尊重して応援してやりたい。それなのに私が、彼女の邪魔になるなんてことが許されるわけがないのだ例えばあの白い彼を、私が好きになるだなんてそんなこと。きよすみにあの子のアドレス聞きなよ、私は自分の女友達に、そうアドバイスした。

 マジ返信遅いんすよー、翌日は同じように隣の机に腰掛け、彼のメールについてそう言及した。つまり彼女は私のアドバイス通り、きよすみに彼のアドレスを聞き、彼にメールを送ったのだろう。そして今いつも通りに、私にその報告をしている。今朝メールは?したけどさあ、私の質問には困り顔で答えた。
 「すっごいそっけないんだよ、うん、とかそうなんだとか、短いくせに一時間くらいしないと返ってこないし。そんなメールする人久々過ぎてどうしたらいいかわかんないっすよ」
 「メール嫌いなんじゃない?」
 「そうなのかなわかんないけど、うんとか返されてもなに送ったらいいか困るよ」
 「電話したら?」
 「あーうん、でも番号聞いてないし。話すことまだ浮かばないし」
 「電話になったらあっちから喋るかもよ、てかあんたも喋るじゃん」
 そうだけど挫けそうだしまだそんな気力わかないんだよねーそう言っては天井を見上げた。やはり片手に携帯が握られていて、そこに今日はなにが表示されているのか私には、わからない。ただの待ち受けか、銀色の髪の彼のそっけないメールか、彼女の返信画面か、それともきよすみだろうか。たまにその携帯の画面上のランプが騒がしく光った。私の女友達の交友関係は広い、だから、一連の話とはまるで関連のない人物とも連絡を取っているのだろうそれで、かわいいとか好きとか言われているのだろう。けれど今彼女はその話をしない。だから今あの山吹のふたり以外には、大した関心を寄せないらしい。きよすみは?銀色の髪の彼のそっけなさは私にどうこうできることではなく、ふともうひとりの山吹生について私は尋ねた。昨日、あれほど仲良くしていたきよすみについて。
 「あっちは全然、普通にくれるよ。あ、てか忘れてたきよすみが。とメールしたいって」
 え、なんで?言いそうになったのをぐっと堪えてそうなんだ、となんともない顔をして見せた。きよすみが、私と?白い子じゃなくて?そんな自意識過剰な疑問が浮かぶがそれをに告げられるわけがない。はいいやつだ、私がもしそんなことを言ったら、私が彼に気があると思い、喜んで彼の連絡先を私に教えてくるだろう。それで自身は、彼とのメールを打ちやめるに違いない。というのはそういう女だ。けれどそうしたら、彼の顔が好みだとか彼からの返信が遅いとか悩んでいる彼女の気持ちはどこへ行ってしまうのだろう、やっとまともな恋人か親しい男友達を作れるかもしれない彼女のせっかくの機会は。私は、自分がきよすみとメールをするのも、白い彼とメールをするのも辞退した方がいいように思い、いいよ、と彼女にそれを断った。しかしが、それを許さなかった。
 「えーしようよ、ていうかしてよ。あのふたり意味わかんなすぎてあたし手に負えないもん、もメールしてみなよ」
 これが結構おもしろいんだよきよすみってさあ、と言うの気持ちを量ろうとするが、まるでできなかった。彼女はきよすみのことがどうでもよくなってしまったのだろうか、それとも元々、大した感情を抱いていなかったのだろうか。少しでも気があるのなら、私にアドレスを教えたりしないように思うが、しかし彼女は美しく明るい女友達だ。私ごときが彼と連絡を取ることに、ただ抵抗がないだけなのかもしれない、歯牙にもかけない、といったように。まさか、彼女の方も私に彼氏を作らせようと考えてこうしてメールをさせようとしているわけではないだろう。疑問はいくらでも浮かぶが、私はその内考えるのをやめてしまった。恐らく、はいつもの軽いノリでもって、おもしろいらしいきよすみを体験させたいだけなのだ。そう思い込むことにする。
 「よかったーなんかさあ、あたし未知っぽいものの相手する時が一緒だと嬉しいんだよねー」
 彼女はそう言い、きよすみに私のアドレスを通知した。未知っぽいもの。散々、ふたりで遊び歩いて男を捕まえて、それぞれがそれぞれの気に入った男に連れられて帰ったり、翌朝その男達の感想をあけすけに語らったり、他校の男子と知り合ってそいつらに薄型テレビを万引きさせたり、絶対に定職に就いていなさそうな中年の男に深夜まで酒をおごらせたり、明け方の商店街のど真ん中で目を覚ましたりして私と過ごしてきた彼女が、たかが中学生を未知っぽいと言い、私の助けを求めている。未知っぽいのはあんたじゃん、私は笑うが、いやあマジなんすよなんかあったら助けてよーと、は弱気になった顔をして見せる。その下がった眉だとか。大きい黒い瞳だとか。本当にかわいくて、よしよし、と彼女の頭をふざけて撫でてやっていた時。私の携帯が鳴り、画面には未登録のアドレスが表示されていた。あ、きよすみだ、机に投げ出されていた私の携帯をちらりと見て、私の女友達は嬉しそうな声を上げた。
 「うそ、めっちゃ早くない?」
 「大体早いよ、今向こうも休み時間なんじゃない?」
 ねえなんてきたの?急かす彼女に私は応え、届いたメールを開いて見せた。きよすみだよー、送られてきたのはその文字と語尾についた動く絵文字だけで、ふっと気が抜けた。
 「なんか普通っぽくない?」
 「最初だからじゃない?緊張してるとか」
 「緊張って。メールで?」
 「だってって頭いいっぽいし、きれい系じゃん、だから一歩引くんだよきっと」
 はそんな風に私を褒め、大概自分よりもかわいい女にそういうことを言われるとばかにしてんのかと腹が立つ私も、彼女に対してはそう思えない。ただただ素直に彼女が、その感想が正しいにしろ間違っているにしろ素直に思っていることを述べているのがわかり、お世辞はいいよ、と素直に対応することができるのだ。知ってるよ、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴りが自分の教室に帰って、二時間目の教科担任が教室に入ってきてから私は、彼にそう返事をした。
 きよすみの返事は言われた通り、確かに早かった。私が例え化学の実験で三時間目が丸潰れになってその間返信を一切しなくても、彼は私の返信に対して五分かそこらで反応を寄こした。当たり障りのない内容だった、この間はありがとう、楽しかった?、ちゃんとはクラス違うの?、学年は一緒?、これから体育、バスケだよー、俺テニス部なんだよね。そんなものばかりだ。ただその節々に、私の女友達が言っていたようなおもしろさがあふれているのを私は見つけ、退屈はしなかった。みてみてー、昼休みになってきよすみから送られてきたのは白いご飯ときゅうりが一本詰め込まれたお弁当箱の写真で、母親と喧嘩中らしいやんちゃな友人のお昼ごはんであるそれを私はと見て、げらげら笑った。

 うわあマジかがんばろう、携帯を見てが呟いた時、私はまだきよすみとのメールを続けていた。暑くて溶けそう、そう書かれたメール画面を無視し、なんかあった?と私は彼女に尋ねた。あと一時間机に座り続ければ家に帰れる、そんな疲労感が漂う五時間目の休み時間のことだった。
 「なんか。親がすぐ帰って来いって言ってる」
 「なんで?なんかした?」
 「してないけど。たぶんただの説教だよ」
 「門限守ってるのにね」
 「勉強しろとかそういうんじゃない?もうすぐテストでしょって最近すごい言われるもん」
 「そっかテストか」
 「あたし、次テストで順位50位以内だったら門限一時間延ばしてってずっと言ってて」
 「そうなの?」
 「そう。だからそれ強めに言ってみる」
 「じゃあ今日はすぐ帰る?」
 「うん、ごめん」
 いいよ全然。私は答え、いいなあは親遠くて、とは疲れた顔をして見せた。私は笑うしかない。かわいそうな私の女友達は、こうしてめげずにいつもいつも、両親に条件を提出しそれを叶えてもらえるように小さな努力を続けている。けれど結局この女友達は、軽率でお気楽だから小さな努力しかできないし、それを継続させる力もあまり持たない。例えばテストの成績向上に伴う門限の延長という交渉を可決されたとしても、最初の内は勉強しなくちゃと騒ぎ、教科書なんかを開いて、数式がわからないだとか言うのだけれどテスト当日になる頃には、もう無理、と言って全てを投げ出している。そして結局は、交渉を諦め両親に従うのをやめ、私を夜遊びに誘うのだった。がんばりなよ、私の言葉に、うん速攻家帰る、と彼女は頷いた。溶けた?一時間後私はきよすみにそうメールを送り、六時間目の授業を終わらせた。
 今日学校終わったらどうするの?今日は家に帰るよ。ひとり?が忙しいから一人だよ。そのメールを私が送ってから返信を寄こすまで、初めて彼は三十分の時間を要した。部活をやっていると書いてあったから携帯を触る暇がなくなったのかもしれないし、そろそろ私に飽きたのかもしれない。それともまたふざけた友人達と遊びに出たか。とにかく、私は突然に五分の法則を失った彼のメールをほとんど気にせず、女友達が無事に両親と話し合えているかどうかを案じ、家に着いた。
 ねえ俺のともだちにメールしてあげてよ。リビングで制服を脱いでいる時に受け取ったメールにはそう書かれていてその下に、見知らぬアドレスが表記されていた。誰?私はそう返事をし、カラオケの時いたやつだよ、というきよすみのメールはこれまでで最速の、一分で戻ってきた。





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2014.6.25


 鳥籠 / 籠城 / 城楼 / 楼閣 / 閣筆
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