一ヶ月、私達は自由気ままに時間を過ごした。仁は仁で愛すべき男友達との交流や喧嘩があったし、私は私で音楽を聴いたり本を読んだり苛々したりと忙しかった。仁と私が初めて抱き合ってから一ヶ月。私の最愛のバンドは突然解散した。





毛皮





 私達は決して四六時中べたべたしていたわけではない。ライブ翌日の私が自室に閉じ込められた日、結局仁から連絡はなかった。真夜中に母親から返ってきた携帯の光らないランプがそれを教えてくれた。仁は彼女という存在にとらわれる男ではないのだとこの一ヶ月で私は痛感し、そして安心している。休み時間の度に互いの教室を行き来する恋人達を見てはメタルを聴いて破滅を祈り、きゃっきゃと恋愛相談をしてくる女友達に愛想笑いをしては内心毒づいていた私にとって、恋人に時間全てを費やす気力はなかったしそんなことをしていたら恐らくぶち切れていただろう。だけど仁は私を振り回さなかったし、自分なりの時間をしっかり作っていた。ライブ翌日に屋上前からさらりと消えたように、私に電話をかけて来なかったように、したいことをしてしたくないことを正直に無視し、適度に私を構った。不定期に学校に来ては、気が向けば私を屋上前に誘って煙草を吸い、気が向けば私を送って家に帰り、気が向けば私に電話をかけてきた。仁との間に流れる柔らかで情熱的な時間は私を落ち着かせた。仁とのやりとりの狭間で私は音楽を聴き、本を読み、怒ったり笑ったり狂ったりした。仁といるとライブとは違う幸せが私を包んだ。ライブは私の中に積もった様々をぶっ壊し、仁は崩れ果てた私を何度でも形成した。私は煙草を吸うのにすっかり慣れて、仁と一緒にいる時や真夜中の自室で、窓を全開にして喫煙をした。ピアスを開けたいと仁の左耳の数ミリの穴を見て呟いたら仁が、安全ピンを私の耳に貫通させた。それは熱くて痛かった、痛い?と仁は尋ね、じくじくと弱まらない痛みをぎゅっと我慢する私にうっすらと笑いかけた。
 「ねえ、」
 仁を見上げたままその先の言葉は出なかった。昼休みに男子トイレ前の水場で千石くんと喋っていた仁の、手首に触れて声をかけた時仁も隣の千石くんも、呆気にとられた顔をしていた。学校内で私から、仁に話しかけたのは初めてだった。しかも友達と一緒にいる時になんて私は絶対に、声をかけられないだろうと思っていた。だけど私はどうしようもなくなって仁を探し、その筋ばった手首に触れた。最愛のバンドが解散したことを、さっきネットニュースで見たばかりだった。私はやりきれなかった。泣くことさえできず何度も何度も解散の文字を確認し、それが現実であると実感し、心にぽっかりと穴が空いたのに気付いた。どうしようだとか。考える前に私は立ち上がり、仁を探した。仁が解散をなかったことにできないことも、バンドの名前さえ知らないことも、仁にすがってなににもならないことも、私はわかっていた。私は本来一人で落ち込み、嘆き悲しむべきだった。仁を探すなんて見当違いもいいところだった。でも気付いたら仁にねえと、声をかけてその先が出てこなくなっている。仁がゆっくりと私の頭を一度撫でた。彼女大丈夫?と千石くんが、戸惑った様子で私に仁に、声をかけた。解散したと言いたかったのだろうか。あのライブにもう行けないと言いたかったのだろうか。私の大切なものだったと言いたかったのだろうか。悲しいと、言いたかったのだろうか。わからない内に仁は私の手を掴み、歩きだした。じゃあねーという千石くんの声が後ろで聞こえたような気がしたけれど、私の視界は仁の背中しかなく、頭の中は喪失感でいっぱいだった。私は仁に、すがりたかった。
 仁は私を生徒玄関まで引っ張っていき、ぐずぐずする私に靴を履かせた。あのね。言い出した私の顔を見上げた仁は綺麗だった。促すように首を傾げる仕草は色っぽく、まるで喫煙で補導されたり、最悪に仲が悪い三年生を殴ったりしている仁には見えなかった。解散した、好きなバンドだったんだけど。その時の私の語尾の覇気のなさといったらなかった。最愛のバンドの解散は私に死を望ませるほどの悲しみをもたらしたけれど、口に出してしまえばただ解散した、それだけの事実に成り下がってしまう。仁にはまるで関係のないことであったと、今更ながら私は思っている。関係のないことに仁を巻き込み心配させたらしいことを、私は猛省し、恥じた。仁は笑う、私の怒りに少しも触れない笑い方をして、そう、とだけ呟いた。私は仁に抱かれるような気がした。予想通り仁は私を初めて自分の家に連れて帰り、寝室で私を抱き締め散々キスをした後制服を脱がせた。
 まるで不道徳で、不謹慎であるような気がした。私はあれほどまで解散の文字に胸を痛め、一生立ち直れないような気でいたのに今、カーテンの閉めきった暗い部屋で仁に体を触られ情けない声を上げている。だけどやめてくれは言えなかった、触んじゃねえと叫べなかった、仁とこうしていたいと私は強く望んでおり、仁もそうしたかったのだろう。痛くて怖くてうーうー唸りっぱなしだった私を仁は猫みたいだと笑い、私はその余裕綽々の姿勢にぎくりとした。
 「なんでそんな余裕あるの遊んでるから?」
 「余裕ねえよわかるだろ」
 わかんないよ初めてだし解散したし、私は息も絶え絶えそう答え、俺も、と仁は意外な返事をあっさりくれた。仁は解散していないから同意したのは初めてという部分だろう。私は仁が急激に愛しくなり、おそろしくよじれた声を出した。仁が興奮しているのが私にはわかる、だから私が興奮しているのも仁には、はっきりわかった筈だった。
 ベッドにうつ伏せになり仁と煙草に火を点けた時、私は言い知れぬ感覚に陥っていた。仁に貫かれた、痛みと高揚が交互に押し寄せくらくらとした。隣に裸の仁がいて、薄暗い中それはまるではっきりしなかったけれど白い蛇をやはり、彷彿させる。背骨が綺麗だ、肩甲骨の張りなんか芸術品みたいだし、元気のなくなった髪は垂れて色っぽく、煙草をくわえてこちらを見据える仁は間違いなくいい男で、私は私を抱いた仁が疑わしい。私の体といえばまるで魅力的でなく、仁が何故不能にならなかったのか今は少しも理解できない。目をごしごしこすっていると仁の手が伸びてきて私をしっかり抱き寄せた、私達は自分の持つ火が互いの体を焼かないように注意しながらまたキスをする。そうしていると私は仁を疑えなくなり、ただ目の前のことに集中するのだった。好きだ、好きだ、好きだ。
 「帰らなきゃ」
 17時半という時間を携帯で確認した時私は起き上がった。制服を着直し玄関に立った私に、送る?と半裸の仁は尋ねたけれど、イヤホンしたいからと私は断った。仁の家は私の家とそんなに遠くなく土地勘もあり、一人で帰れそうだったしなにより仁をこれ以上私の都合に振り回したくなかった。仁はきっとわかっていたのだろう、大人しく引き下がりだめ押しのように一度唇を押し付けてくると、明日な、と私に挨拶をした。私は頷き、仁に見送られながらドアを閉めた。鞄を学校に置いてきてしまった。けれどポケットにはiPodとまとめられたイヤホンが入っていた。私にはそれで充分だった。
 80年代のパンクを聴く。足を進める度に股の間からなにかが出てきそうな気がしてひやひやとした。下腹部が痛い。私の内蔵の形は変わってしまったのだろうか、例えば仁の形に。喪失感は紛れもなくそこにあった、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感のようなものも。だけどこうしてパンクやロックは、いつもセックスを唄っているではないか。私はまた仁によって、勝手に音楽に共感できるようになった。途端にありがたい気持ちになり、向かっているのが自宅であることにうんざりし、わなわな震える歌声に抱かれながら私は歩いた。自宅が見えてきた時私を襲ったのは解散の事実で、一気に気が滅入り私は泣いた。何故私を見捨てたのか。私がどれほど新曲を楽しみに生きてきたと思っているのか。どれほど次のライブを心待ちにしていたと思っているのか。最前列のすし詰めを何度夢に見たと思っているのか。何故私の知らないところで消え去ってしまったのか。じゃあ今後私はなにを楽しみに、生きていけばいいのか。嘘だったらいい。悪い夢だったらいい。仁と過ごした時間を除いて今日という日がなかったことになればいい。そう思ったけれど夕暮れが私に迫り、早く家に入れと訴えてくる。死ねっていうのかよ。一つ叫んでみるとまた涙が出て、私は顔中を濡らしながら自室に飛び込んだ。


 門限をあまり気にしなくなってから、両親の不満は日に日に増していったようだった。けれど私は仁の家に行けば21時過ぎまでそこに留まり、ライブに行けば終電で帰宅し、小言を言われて部屋に閉じ込められるか家から閉め出されるかした。時々バンドの解散が私を苦しめ、嘆かせたけれどそれは次第に、ゆっくりとではあるが私の心に受け入れられた。ビートルズが解散した時のニュースをネットで見たり、バンドマンが書いたエッセイを読んだり、違うバンドのライブに行ったりすることがリハビリのような効果を生み、最終的には仁が私を落ち着かせたように思う。仁は解散の話題に一切触れなかった、自分の知らないものに対して例えそれが自分の女の最愛のバンドであったとしても仁は、余計な口出しやずれた慰めはしないのだった。仁と何事もなかったかのように過ごすことで私はショックから何ミリかずつ立ち上がり、平穏を取り戻していった。仁は相変わらず学校に来たり来なかったりし、私を構ったり構わなかったりした。私は音楽を聴き、友人と喋り、仁に構われた。親いないの?ある日私は相変わらず誰もいない仁の家でそう尋ね、仁に笑われた。
 「いるけど。夜中まで帰ってこない」
 「へえ、いいな」
 「でも夜中に遊んで帰ってきたらリビングの電気ついてんのしんどくて」
 「だから夜帰りたくないんだ?」
 「そうめっちゃ腹立つ」
 腹立つ、むかつく、殴ってやった。仁と喋るとしょっちゅう出てくるこれらを、私は目の当たりにしたことがない。仁は自分で言うように本当に私の前では腑抜けで、不機嫌であることさえめったになかった。仁は私を怒ったことがないし、もちろん殴ったこともない。時々仁の本来持つ鋭さや乱暴さを私は忘れてしまうほどだった。その度に仁が先輩を殴っていたりあんまりにしつこい教師に食って掛かったりするのを見かけ、ああ仁は不良だったのだと思い出す。私達は衝突をしない、学生の恋愛にありがちな束縛をしないし、小さな喧嘩さえしない。仁は腑抜けに、私は物静かになる。そうやってうまいこと私達は付き合ってきた。腹が立つと言ってから仁があまりに強い力で私を抱き締めるので、私はその腕に絞め殺されるのだと思ってしまった。肋骨が圧迫され息が苦しく、痛い、と思わず口に出すと、仁はおもしろそうな顔で私を見、そっと力を緩めた。女の体って意外に丈夫だよなと思って、なんて純情な言い訳をする仁に、もう一回しようと私は言い出せず、黙って仁の体に頬を擦り付けていた。その内仁がその気になって、もう一度私を抱く、薄暗い部屋で。
 「ねえ私達猿みたいだね?」
 「知らねえよ構ってられるかよそんなん」
 はあはあと息をし。無我夢中で私達は動いていた、解散のあの日からもう随分と時間が流れ、私達の間のまごつきはなくなっていた。まごつきと緊張が失われると私達は獣のようにセックスにはまり、気分が高まれば何度でもそれをした。昨日の夜はまるで落ち着いて、二人並んでテレビを見て、煙草を吸い、仁はコンビニで買った弁当を食べ、私は飴玉を噛み砕きくだらない話に花を咲かせていたというのに。私達の気分はぴたりと合う、もし仁が際限なくいつでも私を求めてくるような男であったら、私はすぐに暴れだしこの家に二度と来なかっただろう。


 私達はそれはそれは平和に暮らした。私がライブに行き、新しいジャンルをiPodに取り込むかたわら、仁は友人と夜遊びをし、時々犯罪を犯した。時間が合えば私達は二人きりになり、触れ合ったり、笑い合ったりした。夏休みには一度地元の祭りに行ったし、散々な成績を修めたテストの後に補習を受け、屋上前で煙草を吸い、たまに仁の家で燃え上がった。仁は私が携帯の電源を切りライブに行ってもなにも言わなかったし、私は仁が連日連夜他校の男子と遊んでいようとなにも言わなかった。段々と周囲に私達の付き合いが認可され、私は仁の友人である千石くんと挨拶をかわせるようになり、友人達から何故仁なのかという頭の悪い質問をされなくなった。私達は自分のことをぽつりぽつりと小出しに話し、互いの誕生日を祝ったりした。血液型を聞いて驚き、仁は私のライブ狂いに気の抜けた顔をし、私は仁の犯罪履歴に感嘆し、子どもの頃の話をして笑った。そして互いの家族のへんてこさを理解し、同情し合った。私達は平和に暮らしていたつもりだった。つもりだったけれど周囲にとって、私達が一緒にいるただそれだけのことが、不穏に映っていたらしい。
 あの不良みたいな男と付き合い続けるのであれば今後お前を家族とは認めない。
 いつか言われるのだろうと思っていた台詞を母親が遂に吐いた時、仁は補導を六回経験し私の喫煙量は一日に一箱となり、私達は中三の春を過ごしていた。この、私の母親である女はいつもそうなのだ。なにかが起きた時の最初のどうしたの?はなく、常に苛々することで私に不満をちらつかせ、それに堪えきれなくなるとこうした、選択を私に迫った。テスト勉強を始めるか父親からの経済支援を絶つか選べ、ライブに行くのをやめるか一晩外で過ごすか選べ、夜中にへんな音楽を聴くのをやめるか自室をリビングとして暮らしていくか選べ。こんな調子でいつもいつも、私に生きるか死ぬかみたいな選択を迫ってくる。わかっていた。私が生まれた時から彼女はこうだった。事実私はなにかを迫られる度、苦渋の決断をしてきた。勉強は嫌だったけれど父親からの小遣いがないとライブに行けないので、猛勉強をしてその時のテストで学年三位をとった。ライブに行かないと死んでしまう私はまだ生存率の高そうな野宿を選び、ライブ帰りはいつも玄関先で夜明けを待つ。音楽を聴けないなら私は気が狂うし、しかしこの家のリビングで全てを行うとなると脳みそが腐るので、快適な音楽環境の為にイヤホンとiPodを買った。母親がいずれ仁と付き合う私に対して、こうやって爆発するのはわかっていた。青白い、鬼の形相で私に迫るだろうとわかっていた。わかっていたけれど、私にはもう堪えきれなかった。私は目を見開いて私を睨みつける、私を生んだただ一人の女を二秒か数十分、黙って眺めた後自室に行って荷物をまとめた。イヤホンを耳につっこんで、鞄になにも考えずそこら中のものを詰め込むと昔読んだ絵本のワンシーンのようで低く笑い声が出た。
 どうしてこういう時音楽は、なに一つ私を救ってくれないのか。パンク、ロック、エモ、メタル、ブルース、レゲエまで、iPodをいじりまわし一通り聴いてみたけれどどれもこれも脳まで届かない。いつものような高揚が今日は、わきださない。おかしい、おかしい、と画面を触りながら家を出た。玄関先で母がなにか喚いていたかもしれないが全く聞こえなかった。流しても流しても流しても、音楽が届かない。私を救ってくれないし、涙一つ流させてくれない。ライブに行きたい、そう思ったけれどなにもないこの街に、ライブハウスなんかある筈もなく、私を爆音と衝動が包んでくれることもない。音楽に見捨てられた。そんな自分がかわいそうで、歩きながらやっと一つ、涙が流れた。
 「眠れない?」
 携帯から聞こえた仁の第一声で、今が大体何時であるのか想像することができた。私はたまに、家に帰っていつも通り発狂し、笑い、喚き、泣いて世界中を呪った後眠れなくなることがあり、そういう時は大方仁に電話をして眠れないのだと訴えた。大体それはいつも日が変わる少し前の暗い時間で、仁が私の訴えにもうすっかり慣れてしまって、私を予測し電話に出たことにひどくうろたえた。かわいそうな仁。私がいつも通り発狂しただけだと思っている仁。寝ていたのかもしれないのに五コールで電話に出た仁。私が自室にいるものだと思い込んでいる仁。いまひま?私は鼻をぐずぐず鳴らしながら訊き、外にいる?と仁は私に訊いた。そうだよ。こっち向かってる? うん。仁は一瞬黙り込み、私の周囲は静寂となった。迎えに行くからそのまま歩いてて。仁はそれだけ言うと一方的に電話を切った。私はほんの少しの間だけ、通話終了を告げる電子音を聴いていたけれどすぐにイヤホンを耳にはめた。静寂が今はしんどかった。
 あのね別れるか家を出るかしろって言われたから家出した。仁が通りの向こうから歩いてきたのが見えた時、私は勢いよくイヤホンを外し妙に愉快にそう告げて、仁はやっぱり、と知っていたような返事を寄越した。私達は黙って手も繋がず歩き、仁の家に着いた。夜中だからいるのだろうと思っていた仁の親はおらず、不思議に思っていると最近帰らない、とだけ仁は呟いた。仁は寂しいのかもしれない、と私は思った。仁に父親がおらず母子家庭で、その母親も仕事のかたわら彼氏を作って夜中にならないと家に帰らないことを私は仁から何度か聞いていた。男にかまける母親を仁は軽蔑しているのだと私は思っていた、だから私に時間の全てを割かない生き方をするのだと思っていた。最近帰らない、と言った仁から感じたのはむかつく、ではなく不満だ、という感情だった。きっと悪い母親ではないのだろう、だからこそ仁は彼女が帰らないことに不満を抱く。
 ここにずっといるか?寝室のベッドに座って仁がそう尋ねた時、私は自分が家出をしたのではなく、仁に会いにきたのだと気付く。仁だってそれに気付いていただろう、だからできっこない、ここにずっといるかなんていう質問を、私にぶつけたのだ。
 「寂しいね?」
 「ああ」
 「冷たくしないでよどうしたって別れたくないんだから」
 「わかってる」
 「愛護して」
 「うん」
 「どうにかならないかな」
 「ひっそり付き合う?」
 「ひっそりできると思う?私達が?」
 「無理、俺既にもうやばいもん」
 私もやばいよ。答えた後私達は互いに手を伸ばしていた。仁の味がする。仁のにおいがして、仁の温かさがした。
 別れるのに。別れるとわかっているのに抱き合った私達にその時一体なにがあっただろう。名残惜しさも、悔しさも、悲しみもなげやりも愛しさも、憎しみさえもそこにはあり、しかしなにもなかったともいえる。とにかく私達は二人でいると押さえきれない、俗にいう愛とかいうやつが爆発しそうに膨らんでどうしようもなくなってしまうのだ。例え別れ話の最中であっても、したことがないけれど喧嘩の最中であってもそれは関係なく膨らみ続け、私に冷静と育みを、仁に沈静と慈しみを与え、互いを触るほかなくなり私達は愛を起爆させる。
 ねえどうして私達は一緒にいた方がいいのに、一緒にいた方がいい結果をもたらすのに、好きなだけなのに、好きだから一緒にいたいだけなのに、どうしてこんな風に遮られたりするんだろう、ただ純粋に好きだから、一緒にいたいからそれが夜更かしにつながったりするだけなのに、若い男女が付き合うだけでそれを悪とする風潮はなんなんだろうね?私達は離れたら絶対悪くなっちゃうよ、だって仁は私の精神安定剤だし私は仁にラブアンドピースをもたらすでしょ?
 寝転がってべらべら喋りだした私に仁は笑い、私の頭を二、三度撫でた後腕に抱き抱え、明日の朝俺が寝てるうちに帰りな、と囁いた。それが別れの挨拶だった。私はその後何時間経っても眠れず、薄情にも眠ってしまった仁を残しまだ暗い内に部屋を出た。私を睡魔が襲ったのは自宅の玄関のドアに丸めた背中を押し付けた時だった。



毒牙 / 毛皮 / 爪痕


6years after
白蛇 / 赤狐 / 黒猫