親戚に。星座にすっげえ詳しい叔母さんがいて。小学生の頃に一緒にキャンプした時 名前とか季節とかいろいろ、教えてもらったんだよな。
懐かしそうに、なんでもなさそうに、宍戸が言った、空を見上げ、ギラギラと小さな夜空の星を見つめて、アタシの隣で。息を飲む。そう見上げた時、
雲一つない
夜空
に天の川
天の川と、空に広がるあの星屑たちをそう名付けた昔の人の感性というのはもう、尊敬に値するだろう。確かに、そう言われて見てみればそれは川に見える。星でできた川としか呼べないようなものが今見上げたところに浮かんでいる。けれどアタシが、その名を知らずにこの星たちを見上げた時とても、川みたいだわ、とは言えないだろう。きれい、とかすごいとか、そんな感想しか出てこないに決まっている。
「星座わかるとか、なんかいいなあ」
「そうか?ただ覚えるだけだけどな」
「宍戸ってさ」
「なに?」
「英単語はぜんっぜん覚えられないのに星座は覚えられるんだね」
「お前」
「なに?」
「喧嘩売ってんの?」
笑いながらアタシを小突いた彼の手はひどく冷たい。もう夏も終わる、こんな風に空の星が見えているというのに。
「寒いね」
「そう?」
「だって宍戸の手、超冷たいよ」
ふいに、彼の手を掴んでしまう。やっぱり冷たいだとか、そんなことを確かめたくて。彼はふうんだかうんだか言って、もう一方の手でアタシの首に触れた。ぎゃあ、と奇声を上げてアタシは彼から離れ、冷たい、冷たい、冷たい、と騒いでいた。
「手が冷たいやつは心が温かいんだよ」
「うそつけ、心が温かかったらアタシの首触ったりしない」
「いいだろ首絞めたわけでもねえのに騒ぐなよ」
へらへらと笑う。言っても言わなくても変わらないような、そんなことばかり声にしている。手がどうとか寒いとか暗いとか誰もいないとかなんでお前と帰らなくちゃいけないんだよとか例えば、頭上の星座がなんであるとか。
追試どうだった?なんて。そんな核心に触れるようなことは話題に上らない。上らないというか上らせない、とても億劫だし、それを口にすると認めなくてはいけなくなるから、
「部活出れなかったなー」
重たそうな部活鞄をぎいぎいいわせながら、彼はアタシの隣を歩いている。ありきたりなスクール鞄を肩にかけながら、アタシは彼の隣を歩いている。へらへらしたり、くだらないことを言ったりして。
ふたりともさっきまで一緒に英語の追試を受けていて、これでも必死にテストに向っていたのだけれど「困難な」を英語に変えたり、「begin」の過去形、過去分詞を思い出したり、「彼は毎日部屋を掃除している」を受動態にしたり、そういうことが、まるでできなくて。それでもうんうん唸って悩んで、追試の終りを告げるチャイムが鳴り、ふと顔を上げると外は真っ暗だった。校内に残っているのはアタシたちくらいのものとなってしまい、なりゆきとして、ふたり並んで帰っている。
「いいじゃん部活くらい、一日休めてよかったって思いなよ」
「無理。俺は部活出たかったの」
「でも」
アタシは言いかけてやめる。追試で赤点取ったら試合に出れなくなるんじゃないの、なんて、今の彼に言ったら、アタシは鬼だ。そして彼も。アタシが追試を受けた時点で確実に推薦枠から外されたことを知っている。知っていて、言わない。
「お腹空いた」
そう、あえての。他愛ない発言をアタシ達はずっと、繰り返すのだ。
「コンビニ寄っていい?おでん食べたい」
「おでん?この時期に」
「いいじゃん、寒いよ」
「ふーん」
手が冷たいくせに。あんなに手のひらを冷やしているくせに彼は、寒さを感じていないのだ。それで星座を知っていて、部活を愛している。で?だから?なに?別にいいや、とアタシは思う。
そして虚しさは押し寄せた。秋と共に、図々しいくらいの勢いで。ふたりきり、ロマンチックでもなんでもない、だってアタシたちは追試組だ、たったふたりの、
「ださいねえ、アタシら」
遂にそう口にしたけれど、小さなそれは終わりゆく夏の夜の静けさに吸い込まれ消えた。
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2006.9.28/2014.7.6加筆修正
企画様への提出物
恋をしろよ、と言いたい