23時を過ぎるとテレビは真面目なニュース番組か、下品なバラエティ、ローカルな旅番組で埋め尽くされあたしの眠気をかきたてる。お風呂上がりのぽかぽかしたまま寝てしまうのがベストだろうと、そう思った時乱暴に、チャイムが鳴った。




 我侭




 よくよく考えれば押せば鳴るだけのチャイムというものに、乱暴もなにもなかったのかもしれない。だけどあたしはそれができる男、そういう風に感じさせられる男を一人だけ知っていて、もう一度時計を確認した。23時6分。学校帰りにしては遅すぎる。思うや否やあたしは立ち上がっており、玄関へ向かっていた。スコープは覗かない、鍵を開け、ドアチェーンも外してしまった、だって。チャイムを乱暴に鳴らし、こんな時間にあたしの家にやって来る人間はたった一人しかいないのだ。
 「ねえ合鍵またなくしたの?」
 ちくりとした言葉を吐きつつドアを開けたあたしが、目にしたのはやはり仁でだけどその仁は、まだ完全に開ききらないドアの隙間から、なだれ込むようにして玄関に入ってきて、あたしを押した。抱きしめられたのだと思った、でもそれは能天気過ぎる勘違いで仁の体に力は入っておらず、背中に腕も回ってこなかった、仁はただ、ぐいぐいあたしに押しかかってくる、ふらふらした足取りで、力の抜けた上半身で。
 重いって!あたしは低く悲鳴を上げ、仁の後ろでドアが勝手にがちゃりと閉まった音を聞いていた。あたしが踏ん張らなければ完全に転倒するであろう仁を支え続けるのには苦労が要った、高々中学生である仁はそれでも背が高いし、男であり、あたしなんかよりずっと重いのだ、そんな仁に重力のままもたれられてあたしが、耐えきれるはずがない。うん、仁のしたかすれた声の返事が合鍵の紛失に対するものなのか、重いという苦言に対するものなのか、それともただのうめきなのか。考えている内に仁の腕にやっと力がこもり、あたしの背中に回ってきた。あたしは限界に達し、彼を支えきれずに後ろに尻もちをつく。仁はあたしを抱きしめたまま、前のめりに崩れた。だから重いって。うん。同じやりとりをし、はあと溜め息を吐いた後。吸いこんだのは酒臭さ。
 「、飲んだの?」
 うん。また同じ返事があり。その後むにゃむにゃとあたしの胸元に顔を押し付けたまま喋っていたけれどまるで理解できなくて、重い、どけて、酒臭い、なんなの?と短く指摘し続けると仁はゆっくり顔を上げ、水ほしい、と言った。その目の周りはうっすら赤かった、瞳はあたしを見ているのか見ていないのか、わからなかった。だから酒飲みは嫌なんだと思いながらあたしは、わかったわかったと、彼の背中を叩いている。
 「離してね」
 背中を叩くのをやめはっきり言うと、仁は数秒間固まった後、多足生物かなにかのようにずるずるとあたしから離れ、その場に一人座り込んだ。うなだれた彼がどんな顔をしているのかは分からない、もしかして目を閉じているのかもしれないし今にも吐きだしそうなのかもしれない。慌てるのも癪な気がしてあたしはのんびり立ち上がり、ゆったりキッチンに向かうと優雅に食器棚を開き、グラスを出すとそこに丁寧に冷蔵庫の中で冷えていたペットボトルの水を注いだ。こぼさないように注意して玄関に戻った時、仁はあたしから離れた時と全く同じ態勢でうなだれていた。飲める?玄関マットへ向いたままの顔の前に差し出したグラスの中身は、とても生き生きと揺れているように見えた。突然仁の手の平が現れてそれを引っ掴み、あたしはいつの間にか仁の喉仏が上下に動くのを見ていた。まさに一口か二口か。それくらいで水を飲み干した仁は天井を仰ぐのをやめ、やっとあたしに顔を向ける。今日泊まらせて。仁はたった今思い付いたかのような声で呟いた。

 捨て犬みたいで可愛いとか、思ったあの時のあたしは正常ではなかったのだろう。付き合いで行った食事会の後の、更に付き合いで行った路地裏にある怪しいクラブの音楽やうるささや人波や酒の匂いにうんざりし、勝手に帰ってしまおうと外へ出た時に、その路地裏に座り込んで煙草を吸っていたのは仁だった。あたしは確かにあの時酔っていた、泥酔とまではいかないにしても多少のアルコールを体内に含んでいて、冷静な判断ができにくかったと言えるだろう、素面だったなら。まるで無視していたはずの路地裏で煙草を吸う若者に、いとも簡単に声をかけた、その時のあたしにとって彼は本当に可愛く見えたのだ、酒は人間をだめにする。
 「なにしてんの?」「未成年だから追い出された」「野ざらしじゃん、うち来る?」「行く」。たったそれだけの会話であたしは初めて会った仁を家に連れて帰ってしまった、あたしはその後シャワーも浴びず自分が今なにをしているのかも分からないまま眠ったようだった、翌朝目が覚めて。寝室の床で丸くなっている仁が目に入った時は恐怖で大声を上げた、昨夜何があったのか思い出すまでに時間を必要としていたあたしには、我が家に泥棒か何かが入ってしかも悪事を働く最中にこの部屋で息絶えてしまったようにしか感じられなかった。あたしの悲鳴で目を覚ました仁は尚も叫び続けるあたしを数秒眺めた後、酔ってた?と全てを把握したように尋ねてきた、その日から。あたしの家を覚え、そしてあたしが彼氏のいない一人暮らしだと知ってしまった仁はここに来るようになった、大した理由や手土産も持たずに。それでいつの間にか、仁とあたしと付き合っているのだと言い張っている。
 「仁が酔っ払ったの初めて見た」
 「そう?」
 「大分飲んだの?」
 「多分」
 「誰と」
 ともだち、と似合わない言葉を吐く仁を脱衣所に連れていく。へなへなの仁はおぼつかない足取りであたしに従った。自分より背の高い、普段高圧的である男が配下にあるというのはなかなか気分がいい、しかも時々弱っているような言葉を連ねるとなれば。あたしは酔って自分が仁を連れ帰ったことやさっき仁が見せた赤い目を忌み嫌うのを一時的にやめ、為されるがままになる仁と彼を為すがままにできる快感にしばし浸っていた。
 「泊めてあげるから、シャワー浴びて。酒臭いよ」
 「さん一緒に入って」
 「あのね。酔ってるから何言ってもいいと思わないでよ」
 「思ってない」
 「てかあたしもうお風呂入ったし」
 やはり弱っている仁のシャツを脱がす、彼は為されるがままだ、黙ってあたしが脱がせやすいように体をくねらせている。酒臭いし煙草臭い、まるで脱皮後の蛇の皮みたいにしわしわになってあたしの手元にやって来たシャツの匂いを告げると、うん、と仁はまた言った。
 「こんな服着て明日帰る気なの?」
 「明日は頭痛いから帰らない」
 「明後日は?」
 「さんが洗ってくれる」
 「なにそれ聞いてない」
 「もっかい言う?」
 「いいから。早くシャワー浴びなさい」
 「じゃあ早く脱衣所出て行くか俺ともう一回風呂入るか決めて」
 わかったわかった。あたしは呟き、踵を返し脱衣所を出て行く。そのドアを閉める時、ノリ悪いなあと仁が文句を言うのが聞こえた。あたしはいつも、罪の意識を抱えている。

 あたしは仁が好きなのだろう、誤魔化し誤魔化し彼との生活を進めてきたもののそれは否定できない。仁があたしと付き合っているのだと言い張る時、あたしはただただ嬉しい。それでもこうして彼とシャワーすら、一緒に浴びられず裸すら見せられず、服を脱がし合えないのは仁に対して、まだ15歳かそこらでしかない仁に対して、悪いなと思っているからなのだろう。あたしは自分がまだ判断力の備わっていない少年を家に連れ込んだ不埒な大人のように感じ、時々強く苛まされる。そして仁があたしを抱きたがっていることを勘づいては今度は仁に対して申し訳なくなり、そして仁が好きであるが故に、苛まされたり申し訳なく思ったりしながらも別れを告げられない、自分が情けなくて仕方がなくなる。いつまでこの中途半端な関係を保っていられるのだろう、水飛沫が床に当たって爆ぜる音をいやに近く感じながらあたしは、テレビもつけずに冷えた水を飲んでいた。
 「さん着替えー」
 つまりこういう風に。甘えた台詞を言われたりするともうだめで、あたしは仁の欲求全てを許容しそうになる。それをいつもぐっと堪えるのだ、仁が求めてきたのだと言ってもあたしは仁に抱かれたら、自分をまるで痴女のように感じるだろう。そして仁のことを不憫に思うだろう。だからあたしはいつも、ぐっと堪えてそこで待ってて、だとかいう、冷静な言葉を仁にかけるのだ。タオルもない、凍える。仁が大げさに言うのが聞こえたけれど深呼吸を二度してから、寝室に向かいバスタオルとこの家に唯一ある、仁の着替えを持ち出した、あたしは。どんどんどんどん我が家に泊まりに来てはあたしの部屋に、自分の私服や私物を置いて行こうとする仁を食い止めることに最早命懸けになっている。それを許したら仁が家に帰らなくなって彼の両親だとか、学校だとかに、迷惑をかけることになると分かっているしあたしがどんどん、仁に甘くなり彼のしたいようにさせてしまうと分かっているからだった。
 「ドアの前置いておくから。まだ開けちゃだめだよ」
 脱衣所の前に立ち声をかける。さんさあ、呆れたような仁の声は、確かにドア一枚挟んだ向こう側から聞こえた。
 「頑なに俺の裸見ないよね」
 「そうだよ」
 「俺背中に昇り龍入ってるんだけど。見たくない?」
 「いいから。風邪引くよ」
 あたしは脱衣所のドアから離れ、そこに背を向けてソファに座り、マグカップを手にしてから開けてもいいよと声をかけた。乱暴にドアの開く音がする、千手観音にすればよかった、だとか仁が呟いていて、思わず笑ってしまう。あたしは仁が好きだと思う。それは結局ああだこうだ文句を言いつつ仁が、力づくであたしに体を提供したり、させようとしたりしないからだ。またドアが閉まる音がした。時計を見る、23時57分。欠伸が出た。
 
 「何飲んだの?」
 自分の部屋着に着替え、頭をタオルで覆ったまま脱衣所から出てきた仁はあたしの隣にばったりと腰を下ろした。あたしが差しだしたグラスの水をまた飲み、発泡酒、と答えた。
 「発泡酒って。久し振りに聞いた」
 「そう?俺ら貧乏だから」
 「発泡酒なの?」
 「うん。で、魔王があって」
 「え?なんか飛躍してない?」
 「盗んできてて。ともだちが」
 「ともだちがねえ」
 「一升瓶開ける気で飲んでたら、死んだ」
 「仁、酔っ払うとよく喋るね」
 「そう?」
 「楽しいよ」
 思わず言うと、仁が目を細めてあたしを見ている。そんな顔をされたら、たまらないのだ。素面なのにあたしは仁を、可愛いだとか思ってしまう。ああもう好きにしてくれと言ってしまいそうになる。もう寝るね、仁の頬笑みに応えずあたしはきっぱりと言った。俺も寝る、仁がふわりと欠伸をした。
 「待って今布団持ってきてあげる」
 「え?」
 「なに?」
 「俺今日もソファーで寝るの?」
 「他にどこがあるの?」
 「俺酔ってんだよ?」
 「知らないよ」
 「一緒に寝れると思ってた」
 「やだよ何する気なの?」
 なにって。仁は言い、持っていたグラスをテーブルに置くとあたしに腕を伸ばしてきた。きつく抱きしめられた時、仁からはシャンプーの匂いがし、その体は熱かった。溺れる。三秒くらいあたしは絶命を受け入れたかもしれない、そしてその後すぐに、罪の意識に救われ目が覚めた。離してね。あたしはきっぱりそう言える。
 「うるせえなそろそろ覚悟決めろよ」
 仁の右腕があたしの背中を探ったあと、それはあたしの膝の裏に回ってきた。仁の言った言葉が受け入れられないあたしを置き去りにして仁は、あたしをしっかり抱き上げた。下ろして!我に返ったあたしは立ち上がり歩き出した仁に抵抗し、静かにしてと簡単にあしらわれ、強引に口付けられ黙るしかなくなった。ばたばた動いてみたものの背中を支える仁の腕の力が強くなるばかりで、しかし酔った仁の足元は不安定で、このまま転んでしまったらどうしようかと考えている。くっそー頭いてえ、仁は眉間に皺を寄せ呟き、器用に片足で寝室のドアを蹴り開けた。
 「ほら眠かったんだろ」
 ベッドに放り出された時、そこに多少の気遣いはあったかもしれないが酔っている仁の力加減は上手ではなく、あたしはスプリングを軋ませて二、三度跳ねた。薄暗い部屋の中仁がそれを立ち尽くして、無感動に眺めているのが妙に悔しく、痛い、とあたしは呻いている。
 「は?」
 「痛いっつってんじゃん」
 「そっか」
 「そうだよ」
 そっかってなんだよ痛いって言ったのに、そう思うと今度は悲しくなり、足元で丸くなっていた布団を引っ張り頭から被ると、窓の外から入ってきていた小さな明かりも消えてなくなり完全な黒に包まれることができて、ふっと深く息を吐ける。横になってしまえばあたしは眠い。明日も仕事が待っているのだ。仁への罪悪感やさっきの態度への動揺は薄まり、あたしはもう眠気を覚えている。ガキみてえ、呟いた仁がベッドに腰を下ろしたのを感じた。
 「うるさい」
 「さん、ちょっと」
 「なに?眠いよ」
 「うん」
 俺も寝る。仁は言い、あたしの被った布団をめくろうとする。だめ。いいから。そんな悶着がありあたし達はしばらくの間布団を引っ張りあっていたが、遂に仁が本気を出してしまい、いともかんたんにあたしの上半身はまた、薄暗い部屋に晒されてしまった。
 「一緒に寝る」
 そう言った仁の顔は爬虫類のように温度を感じさせない。未成年だから追い出された、そう言ったあの時の仁も同じ顔をしていた、それなのにあたしは彼を子犬のようだと思い、拾ったのだ。やはり酔っていたのだろう、それとも単純にあの瞬間から、惚れていたのだろうか。
 「いやだよ」
 「知ってる」
 「え?」
 「でももう別にいっかなーって」
 思うんすよ、と仁は言い、覆いかぶさるようにあたしを抱きしめた。彼の声は耳元で聞こえる。思うんすよ、マジすか、さん。仁がこうして時々、節々で年下っぽさを垣間見せる度、あたしは彼を愛しく思い、申し訳なくなる。もしあの時あの路地裏で、彼があたし以外の女に会っていて、拾われていたら。この男は同じようにあっさりついて行きその女が仁の体を求めたのなら、簡単にそれに応えたのではないかと思ってしまうのだ。しっかりした男のような成熟さを常々見せつけるくせに仁は、判断能力なんてまるで持ち合わせていないような脆弱さをまとう時がある。あたしは仁に応えたい、けれど彼の幼さを見てはそれを堪え、そして彼が変な女のところに行かないように、この場に留まらせたくなる。この気持ちすら、仁の幼さを利用したあたしの私欲であるというのにあたしは、何故時に自分を正義の味方であるように錯覚するのだろう。
 「もう襲ってやろうとか思う時あって」
 「うそでしょ?」
 「思うけど。そしたらふられんじゃね?と思ってしない」
 「そう」
 いいこだね。あたしは褒め、俺いいこだから。仁は頷き、あたしの腰を撫でていた。今自分でなんて言ったか覚えてる?体をよじらせてあたしは訊き、覚えてる。と片手であたしをがっしり押さえつけながら仁は答えた。
 「絶対襲わない」
 「そうだよね」
 「絶対襲わないから」
 「から?」
 噛んでいい?だめだよ、あたしが断る前に仁はあたしの耳に噛みついていた。痛くはない。ただただくすぐったく、それがあまりにも色っぽい熱を持つので、あたしは自分を抑えられる気がしなかった。あたしは息を止めて仁が飽きるのを待っている。耳なんか噛んでもなんの面白味もないし美味しくもないしそんな行為に感じる女なんかいないのだと仁に思わせる為、平常心を装い黙って息を止めている。しばらく耳のてっぺんの軟骨部分を甘噛みしていた仁が舌でその縁を舐め始めた時、息遣いと熱と音に耐え切れなくなり、やめて、とあたしは声を上げた。
 「なんで?」
 「いやだから」
 「じゃあどこならいい?」
 「あのねそういうこと言ってるんじゃないんだけど」
 「分かった首で我慢する」
 だからさあ、あたしは納得のいっていないことを全面に伝え、仁はそれを無視し、首を噛んだ。離しなさいと手で仁を押してみても、びくともしない。襲わない、と仁は言う。その気になれば簡単にできてしまうことをあたしは、この男の体に触れる度実感する。できないのではなくしない。あたしは仁に生かされているような気分になり、首が熱い。
 「仁!怒るよ」
 「もう怒ってる」
 「もっと怒るよ」
 「もっと怒ったらどうなんの」
 首から唇を離し、あたしの顔を覗き込んで尋ねた仁を黙って見つめていた。それの意味するところが仁には伝わるだろうか、あたしは。仁の言う通り仁があたしを強引に抱くのなら、仁をふることになるだろう。好きで可愛くて仕方ない仁を、それでも自分から遠ざけるだろう。あたしは仁をしつけようとしているのかもしれない。この幼い恋人に、世の中を教えようとしているのかもしれない。なんて驕りだろうか。それとも仁を本気で愛するあまり、こんな風になってしまうのだろうか。
 「好きなのに」
 「あたしだって好きだよ」
 「じゃあもうよくね」
 「好きだから、仁を守ろうとしてんじゃん」
 「なにそれ?いらないんだけど」
 「いらないなら、出て行きなさい」
 「あーもう、素直になれば」
 「素直になればいいってもんじゃないんだよもしみんな素直に好きなことやってたら、世の中の秩序はなくなっちゃうんだから」
 「知らねえよなんだよ秩序とか」
 仁はとんでもなく面倒臭そうにそう呻き、あたしを抱く腕に力を込めた。そうだよな知らないよなあたしだって知らないわ、と思いながら口に出して同調するわけにもいかず、仁の頭を撫でていた。さんもしかして眠い?何分かの沈黙の後、仁はひっそりとそう言った。ずっと前から眠いよ、とあたしは言い、それでもなお仁の頭を撫でていた。仁が眠ってしまえばいいと思っていた、眠ればたぎる血の気も収まるだろう。二日酔いに襲われ今夜のことなんかどうでもよくなるかもしれない。ねむれねむれと、頭の中でずっと唄っている。仁の脚がずるりと絡まってくるのが気持ちよく、あたしは自分の脚を差し出したままにしている。仁の全てを拒否できない、それなのに彼の望みを叶えてやれず、だけどそばにいたいと思う、あたしは我侭な女だろうか。
 「あたし仁に謝った方がいいよね?」
 「うん」
 「えっと。自分勝手ばっかり言ってごめん」
 「別にいいけど」
 「あ、いいんだ?」
 「いいよ、わかってるから」
 「なにを?」
 「その内さんが我慢できなくなって、一緒に寝たいとか言いだすでしょ」
 「そう思う?」
 「思う」
 「仁って。酔うとほんとよく喋るよね」
 「楽しい?」
 「楽しいよ」
 よかった。仁は穏やかな声で言い、うっすら笑った後大きく口を開けるネコ科の動物みたいな欠伸をした。子犬で爬虫類でネコ科なわけだ。あたしの頭はもう追いつかなくなっている。仁が予言したように、いつかあたしが我慢できなくなる時がくるのだろうか、その時あたしは、仁は、どうするのだろう、その後のあたし達は。仁が唇を寄せてくる、あたしはそれを今、拒めない。いずれにしても素面の時にしてね、あたしの独り言は仁に届き、酔って俺のこと拾ったくせに、と仁は半分眠ったような声で答えた。あたしはやはり、我侭だ。





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2014.2.19
最終更新が2008年1月30日になっていたものをゴミ箱から救出、リメイク
あっくんその辺に落ちてねーかな