瞳の先に何が在るっていう、



 屋上



 「屋上でサボりとか、ずいぶん古典的なんだね仁くん」
 「うるせえよ」
 彼は私の方なんか見もせずに相変わらず仰向けに寝転んだまま、空よりもっと高い所にあるなにかを見つめているようだった。そうつまり、なんだか虚ろに。
 「はなにしてんだよ」
 「国語面倒臭くて」
 「勉強しろよお前バカなんだから」
 「そうだよねー」
 仁くんの位置と私の距離、2メートル弱。寝転んだ彼、立ち尽くす私、相変わらず私を見てはくれない彼、じっと彼を眺める私。ああ、厳しい。
 私は彼の目が見たい。目を真っ直ぐ見て、真面目な顔して喋りたい。あいらぶゆーでも、あいうぉんちゅーでも、もうなんでも、言ってやりたい。
 「よく晴れてるね」
 「うん」
 「ずーっと仰向けでさ、暑くないの?焦げるよ」
 「焦げねえよ」
 首の後ろがじりじりと刺すように暑い。そして私は段々と汗ばんでいく。日焼けなんてしたくないが、けれどここにいたい。私はゆっくりと2メートル弱の距離を縮める。足音を立てずに歩いてるのに、
 「こっち来んな」
 と仁君が言った。
 「やだよ、」
 と私が言った。
 仰向けの仁くん、男の子ってどうしてこんなに大きいのだろう、小学生の時なんかは、男子はチビで下品な生き物だったはずだ。それが今は。知らぬ間に成長していく彼ら、いつの間にか私達を見下ろす彼らに、私は私達は、どきどきしているのだ。以前、その違いが面白くて興味深くて、彼に学ランを借り、羽織ってみたことがある。私はさながら裸にコートを着た痴女のような様になってしまい、仁くんはそれを見て笑ったりしたのだった。
 そして今日。私はこっちに来るなと言った彼を無視し、寝転んだ彼を跨いで、お腹の上に仁王立ちしている。さりげなく腕組みなんてしてみると、とても偉そうな私の完成だった。
 「あーやめろって」
 眩しそうな顔をした仁くんが、それを見て腕で目を覆う。
 「スカートの中見えんだろ」
 あはは、今日は私が、彼を笑うのだ。そんなことはどうでもいいのだ、減るものでもない、それに色っぽさの欠片もない私なのだから彼が、私に変な感情を抱かないのは知っている。それに喜びなんてものは、ひとつもないが。
 「早くどけろ」
 「やだ」
 「お前はいつから見せたがりになったんだよ」
 「生まれた時からずっとです」
 「変態」
 静かに。なるべく刺激しないようにとしゃがんでお腹の上に座ってしまう。いやだとかどけとかどっか行けとか、言われたらとてもショックを受けただろう。仁くんはなにも言わなかった。あったかい。
 「仁くんって腹筋割れてる?」
 「ん?」
 聞き取れなかったのだろうか。訊き返す彼に返事をせず、そっと制服を捲ってみると、案の定そこには筋の入った筋肉がある。どういう鍛え方をするとこういう風になるのか私にはわからない。想像と違って彼のそれは、人間の腹筋というよりもエビの腹に似ていた。
 「ねえエビみたいだね」
 「うるせえよやめろ」
 私の腕を掴んで仁くんが抵抗する。腕痛い、痛いって。もっと見たいーそう言うのだが、死ね、と言って仁くんはそれを受け入れない。
 私はこんな自分をなんとかしたい、いやがられるような構い方しかできない私を。けれどここまでしてみないと仁くんは私に抵抗すら見せないのだ。例えば普通に話しかけただけでは無視されるし、かわいいことを言ってみてもなんの感情も抱いてくれない。だからこうやって、ねえねえって強引に構ってもらうことでしか、私は彼の気を引けない。仕方のないことなのだ。
 「なんかさあ」
 もう絶対に捲らないと約束して、私はまだ、お腹の上。
 「もうすぐ卒業だねー」
 「お前のもうすぐって長いのな」
 「なんで?あと半年だよ」
 「まだ先だろうが」
 仁くんはまた腕で頭を覆っている。私を見たくないのだろうか、ただ、眩しいだけなのだろうか。私はわからないふりをする。
 「あと半年でみんなともお別れだ」
 「あれ?お前高校どこ行くの」
 「北海道」
 「は?」
 「引っ越すんだよね、卒業したら」
 「じゃあ向こうの高校受けんの?」
 「そ、落ちたらどうしようか?」
 「中卒でやってけ」
 「だよねえ」
 あはは、と笑う。本当は笑ってられないくらい焦っているし強い孤独が私を包むのだが、それを彼に伝える必要はない。そんな話をしたって、彼は面白くなさそうな顔するだけなのを私は知っている。
 「仁君はどこ行くの」
 「外国」
 「あ、その噂本当なんだ?」
 軽く流す。振りをして胸が、きゅんと痛い。どうしようもなくて仁くんの制服をぎゅっと握ったら、その上から仁くんの手が私の手を覆った。
 「お別れかー」
 「だからあと半年もあるだろ」
 「半年は短いって言ってんじゃん」
 強く強く、仁くんが私の手を握っている。苛立たしいのかもどかしいのか寂しいのか、私にはいまいちわからない。だって仁くんは、いつも私を見ているようでなにかもっと遠くのものを見ているのだ。
 「あと半年でさ」
 「おー」
 「私は仁くんを落とせるかな?」
 「努力次第だな」
 心底だるそうに仁くんが言う。そうだよねーと私も言う。
 「私って特技があるんだけど」
 「うん?」
 「人の目を見て話せるの」
 「ふうん」
 「でも仁くんとは一度もそれができてなくて」
 「嘘吐けって」
 「ホント、仁くんって私を見てるようで、見てないし」
 仁くんがダルそうに頭を上げた。
 「見てる」
 空中でカチンと合ったその視線、私達の目線。それでもやっぱり、見ていない。
 私を見ていない。表面上は一生懸命見ようとしてるけど、だけど私の中身を見ようとはしていない。それは私に興味がない証拠だ、目を合わせるだけ、私の深くを知ろうとは決して思ってういない、そういう目をしている。だから、遠くのものを見ているように私は、いつも感じるのだ。
 「落とせないわけだよなあ」
 わあ、と空に向って声を上げると、チャイムが鳴った。うるせえ、とまた仁くんが言った。それでもまだ手は握られたままでそれが唯一の救いで、なんていうか、涙を落としはべりぬ。






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2014.6.3
2008.1.8最終更新のもの、加筆修正
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