散々怒られた日の頭といったらなんて重たく、ぼんやりとしているのか。たぶん私の心は体の真ん中、心臓の少し右側くらいにあるのだが、そこは深い霧に包まれ曇りっぱなしだった。
 どうして私ばかり?いつも数分間そう悲しみに浸った後、それはただの被害妄想であると思い直す。私ばかりがつらいなんてことは絶対にないし大体私には三年生としての責任があるし部長という肩書もある、部活というのは連帯責任というものがつきものでそれに上下関係というものもあっただろう。だから、三年生で部長である私が最終的には、顧問に散々怒られて、責任についての説明を受け、やる気の有無を問いただされ、辞めるか辞めないかの選択さえも迫られるのは、当然のことなのだろうしどこの部長も大差なくこういう扱いを受けているのだろう。その受け流し方や、受け止め方がそれぞれ違うからみんな、私ほどそういうような出来事に悩んでいないように見えるのかもしれないしみんな、自分のつらさを隠してしまうのがうまいのかもしれない。とにかく、どうして私ばかり?という考えはやめにするとしてそれにしても、この頭や心はしばらくの間、晴れないだろう。だって今にも泣き出しそうだった。
 もっと物事を楽天的に受け止められたらよかったのだが。それとも女テニの部長をやっているあの子のように、説教慣れしていて顧問の姿が見えなくなった瞬間へらへらと笑いだして、いやーうざかったんだけどーとか言えるようになれたら。それとも野球部部長のあいつのようにもっと明確な意志みたいなものを持っていて、顧問の説教に対して物おじせず自分の意見を言い返したり、疑問を投げかけたりできれば。けれど私はそのどちらもできない宙ぶらりんの生き物で、怒られれば心を痛め、顧問の言うことが最ものように感じ、自分が本当に最低のような人間に感じつつ、自分を守ってやりたくなり、苛まれている。
 あ、、生徒玄関に到着してすぐ聞こえた声に顔を上げた時、私の頭はぼんやりとしたままだったし、心は曇ったままだった。それでも平然を装って、どうしたのとか、そういう返事をするのだった。
 「食べる?甘いの好きだろ」
 私は。その時の彼のこれまでの流れと一切関係のない、ただの、顔を合わせたから寄こした配慮か偶然のようなものに、じんときて、体の芯が熱い。差し出されたキットカットのパック、それをこちらに差し出す指、私を見上げるいつも通りの表情、それがいつも通り、ふんわりと笑っていて。
 「ねえなんでそんなに優しいの?」、言いたいのにそんなことを言ってしまったら最後私は泣き出してしまうような気がし、別にそうなったところでなにも問題はないはずなのに妙なプライドからか、悔しさからか、決して涙を流すまいとし、結局、ありがとう、とぶつくさ呟いてキットカットを受け取ることしかできなかった。視線を逸らし、こちらに顔を上げる彼ではなく彼の、腰を下ろしたすのこの等間隔のすきまなんかを眺めながら。なんて無愛想なのだろう、不機嫌だと思われたかもしれない、失礼なやつめとか、なにこの女とか、思われたかもしれない。けれど今、彼の前で泣くわけにはいかない。私に優しくしたつもりなんか一切ない、普段通りの対応をぼろぼろらしい私にしてきた彼の前で。
 どうして南は私の彼氏ではないのだろう。それが叶えば、現実であったなら、私はわんわん泣いただろうしどうしてそんなに優しいのかという、しょうもない疑問だって簡単に彼にぶつけただろうしもっと、へなへなの甘ったれであったかもしれない。もう辞めたいとか意地でも続けてやるとかどうしたらいいのとか後輩がどうだとか副部長がああだとか、こぼしはじめたかもしれない。でもそれは理想であり、希望であり、ただの幻想だ。おつかれさま、私はまたぶつくさ呟いて靴を履き替え、おーとかなんとか返事を寄こした彼を振り返ることなく校舎を出た。人通りのない裏道へ足を一歩踏み入れた時、ぼろり、涙がひとつこぼれたが私は、これを彼に見せたくなかったくせに、この姿を彼が目撃して、また優しくしてくれたらだとか、そんなことを思うのだ。



無題







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2014.8.7
無題ってお前、みたいな