「こんなこと言っても仕方ねえとか思うけど」
 「うん?」
 「俺もうちょっと早く生まれたかった」
 それが私に対する精いっぱいの皮肉と提訴であったことは間違いないだろう、だけど私はそれを受け止めない。よしよしと頭を撫でてやらないし、そのままでいいよとか言ってやらないし、むしろ聞こえていないふりすらする。ああじくじくと、胸が痛いのだ。



    海月



 バチが当たったのだ、とその朝目が覚めた瞬間に私は自分を戒めた。今年に入って友人達が続々と結婚していき、何人かには子どもができたりしている中、私は特定の恋人も作らず思うがままに遊び呆けている自分に大した感慨も持たなかった。焦りはなかったし、彼らの幸せをただ願い、羨ましいとも思わなかった。結婚をしたくないわけでも彼氏がほしくないわけでもなかったが、遊ぶためにあくせく働く私は、彼氏を作ることで自由行動を制限されることや、結婚することでふたり分の家事をこなさなければいけなくなることを、今は望んでいなかった。もう少し遊ぼう、もう少しだけ、落ち着くことはいつだってできる。だから私は今年に入ってからも、昨年同様夜の街へ遊びに行ったし、似たような生活をする女友達とつるんでいたし、ナンパされるのが好きだった。音楽のうるさいところで大騒ぎするのも好きだったし、特に深刻な悩みもなかったけれど記憶がなくなるまで酒を飲むのも好きだった。そして、そんな中で出会った男と一回か、その後もう一回くらい、さしたる会話もないまま繋がっているのが好きだった。そんなこと、旦那や恋人がいたら絶対にできないだろう、いや、そういうことをしている知人も何人かはいるけれど私には、そんなことできない。旦那や恋人に隠れて異性遊びだなんて、そんなのは不埒だし不真面目だし気がもたないだろうことを私は知っている。ひとり身であるからこそ堂々とできる遊びで私は満ちていたい、若い自由を謳歌したかった。
 けれどその朝私の部屋のベッドの中、隣で眠っているのは裸の男で、朝日に照らされて見たその男の顔が、肌が、どう考えても高校生かそこらであるのを見とめた時、私は自分があんまりにふらふら遊んできたことを深く反省する他なかった。女同士か、それともひとりで酒を飲みに行き、声をかけられ、初めて会った男と遊ぶこの生活の中でこれまで、さほど危険な目にも遭ってこなかった私は、慢心していたに違いない。全て夜が明ければ終わることで、あっさりと次の日がやって来るのだと思っていた、なんの動揺もなく。けれど今日私の隣で眠っているのは今の私からすれば恐ろしく若い男で、加えて私は昨夜の記憶がない。この男とどこで知り合ったのか、どういう流れでこの男が私の部屋までやってきたのか、あけすけにいうと自分がこの男とやったのかどうか、まるで覚えていなかった。
 起こすべきか、けれどこの男がどんな人間だったか覚えていない、つまり目を覚ました瞬間に首を絞められたらどうしよう、今まで記憶をなくした夜に出会った男の中にそんな輩はひとりとていなかったが、今私にはバチが当たっているのだ、なにが起きるかわからない。できれば起こしたくない、起きてもほしくない、この男が本当に高校生で、悪知恵の働くやつだったらかなり困る、私に強引に部屋に連れ込まれ性的ないたずらをされたとか警察に届けられたら私はもう暮らしていけないだろうし、悪知恵以前に本当に私がこの男を酔った勢いで強引に部屋に連れ込み服を脱がせたのだとしたらさらにまずい。けれどこの男が起きなかったら、私はこの男を置いて今日仕事に行かなければならないのだろうか。まるで記憶にない男を自分の部屋に置き去りにすることなんでできない、そんなの危険すぎる、けれど仕事を休むわけにもいかない。起きろ、起きるな。私はしばらく体を固まらせたまま男の寝姿を見ていた。派手な髪をしていた、体は筋肉質で肌が白い。男がくるまった布団のその下で、下着を履いているかどうか触ってでも確認したくなり、しかしそんなことをしては男が起きるだろうと思い留まった。第一に、私自身が一切を身に付けず目を覚ましたのだからこの男だけが下着を履いていることはまずないだろうし、履いていたとしてそれがなんの安心も生まないことにすぐに気付いた。
 結局、私は男が突然身じろぎだして、眉間に皺を寄せ、ぎゅっと瞼に力を入れた後ゆっくり目を開けるのを、どぎまぎしながら見つめていることしかできなかった。男は数秒間、ぼんやりと虚空を眺め突然に、瞳に光を取り戻すと私に腕を伸ばしてきた。固唾を飲んで彼の一挙一動を見守っていたはずの私はしかしその素早さに対応できず、まんまと背中に腕を回され力まかせに、彼の体に引き寄せられてしまった。大声を出すべきだったのかもしれない、記憶がないながらも恐らくお互い同意の上でここまで来たのだろうにしかし記憶がないからゆえに、私はこの若い男が怖かった。こんな若い男を連れ帰ってしまったのは初めてだった、ただそれだけで、この男は私の首を絞めるかもしれないし私を社会的に抹殺するかもしれないように感じる。男が私の胸にぴったりと顔を寄せ
 「すっげー音する」
 と私の心音をせせら笑った。低い声だった。胸や背に触れる彼の皮膚は私より温かく、酒の匂いもシャワーの匂いもしなかった。ごめん、私昨日の記憶なくて。男が慌てず、怯えたりもせず、私を見た途端に甘えてきたことで、私の思考はこの男を突き放す方向へ向かっていく。酒の勢いで遊んだ仲に、継続するべたべたした甘えを持ち込まれるのは苦手だった、彼氏じゃあるまいし、だから私は起き抜けに随分慣れ慣れしくしてくる男の白い髪を眺めながら、お前のことなんか覚えていないのだと、言い張る。知ってる、男は言い、その腕から逃れようとする私の背中を強く抱いていた。

 なるべく構わないようにと、そう心に決め私はいそいそと仕事へ向かう準備を始めた。とにかく、私が家を出る時までにこの男も、ここからいなくなってくれさえすればいい。そのために私はこの妙に甘ったれな、今すぐここを出て行く気はない様子の若者に、そっけない態度をとり、私はもうお前を構う気はないしむしろ出て行ってほしいし、ここにいてもこれ以上楽しいことはなにも起こらないのだと静かに伝えることにし、乱暴に男の腕の中から抜け出し、ひとりでシャワーを浴び、歯を磨き、コップ一杯の水を飲むと、服を着るためまた寝室に戻った。男は相変わらず裸のままベッドに横になっていて、なにをするでもなく目を覚まし続けていた。私はなにも言わなかったし、彼のほうも特になにもアクションは起こさなかった。私はしっかりと服を身に付け、ベッドを背に座り込んで化粧をした。時々私の持つ手鏡に彼の足やら、背やらが映り、それらがまるで動き出さないことに嫌気が差した。
 「ねえ灰皿ない?」
 さっき昨夜の化粧を落としたばかりなのにまた顔面にさまざまなものを塗りたくることを肌に対して申し訳なくなりながら化粧を続けていた私に、発した男の言葉はそれだった。灰皿。灰皿は確かにあるけれどそれはリビングにあって、この部屋にはないし、それを今取ってくる気もない。そんな風にだらだら言えなくて
 「ない」
 とだけ私は答えた。男が返事をせず、寝転がったまま体を伸ばし床に散らばった自分の服を手元に手繰り寄せ、それらのポケットを探っているのが鏡越しに見えた。吸うのか。そう思っている内に彼は煙草を探し当て、そしてその一本に火をつける、寝転がったまま。ふっと吐かれた息が白く、部屋の中を濁らせていく。
 「どっか行くの」
 「仕事」
 「気分悪くない?」
 「なんで」
 「めっちゃ酔ってたから」
 「慣れてる」
 「道端でガキ拾うのも?」
 「は?」
 「俺拾われたんだけど」
 「昨日?」
 「うん」
 「私に?」
 「うん」
 「なんて?」
 「酔っぱらってたから。何言ってんのかよくわかんなかったけど」
 「けど?」
 「おねーさん酒入ったグラス持ってて。それ俺に飲ませて、俺のことここまで引っ張ってきた」
 「どこから」
 「十字街のセブン前」
 あんたいくつなの?私はまつ毛をビューラーで挟みながらそっと訊き、鏡の中の男は答えず、長くなった煙草の灰を、ベッドの宮に置かれたグラスの中に綺麗に落とした。灰は中に入っていたしなしなのライムにぶつかりぼろりと崩れた。背が低く口の広がった、安っぽいグラスを見て昨夜私が、最終的にどの店で飲んでいたのかを判断できた。酔っぱらった私はきっとひとりで家路についたのだ、誰かに声をかけられていてそれを無視したのか、誰にも相手にされなかったのかはわからないがひとりそこを出て、勝手に酒の残ったグラスを持ち出したらしい。そしてこの男曰く、通ったセブンイレブンの前でこの男を捕まえ、あろうことか残りの酒を飲ませ、ここに連れてきた。死にたくなった。15、男が呟いたそれが一体なにを指しているのか一瞬わからず、しかし私はさきほど男に年齢を尋ねたことを思い出し、さらに死にたくなった。
 「うそでしょ?」
 「嘘じゃない」
 「せめて高三くらいだと思ってた」
 「中学生」
 中学生。信じられず、左目のまつげに取り掛かれない。がたがた震えだすこともできず、ただ心臓が冷えていくのを感じていた。酔っ払い、中学生を部屋に連れ込み、裸で私はなにをやっていたのか。大体この男にしたって、何故酔っ払いの私にほいほいついてきて、今もこうしてだらだらここに居続け、状況説明なんてしているのか。抱いたのは罪悪感だった。
 ねえ帰りなよ。思わず口に出そうとしていた私より先に、男が言い放ったのは
 「しばらくいていい?」
 でありダメだよ、と私は即答した。男は煌々と煙草の先を赤くさせ、ゆっくり煙を吐いた後、まだ長いそれをグラスの中に突っ込んだ。起き上がり、裸の男はビューラーを持ったままの私を後ろから抱き締める。なあ言うこと聞けよ。耳元で男が笑っている。
 「淫行で逮捕されんぞ」
 男は私を脅迫し、私はそれに従うしかなかった。

 仕事行かないで、とまるであっさりと彼はわがままを告げてくる。もちろん私にはそれを受け入れられる思い切りのよさはなくむしろ、朝の眠気の中仕事へ向かうための支度に追われる私にとってその言葉は時に、苛立ちさえ抱かせる。うるさい黙って学校に行きなさいと、私は何度も叫びそうになって毎度それを堪えることに成功している。私が幼い頃、多忙を極める会社員であった私の母親は、妙に彼女が恋しくて幼稚園に行きたくないだとかぐずる私に対しいつもそういう言葉を棘々と投げかけてきたのを思い出すからだ。あの時のあの、唯一の拠り所に裏切られたかのように心が冷えていく感じを私は、仁に味わわせたくはない。けれどもやはり、腹が立つから、にっこり笑ってやることもできず仁のわがままなんか、聞こえていないふりをする。
 あの日、仕事から帰って来た私を部屋で待ち受けていたのはやはりこの男で、ずっといたの?という私の小さな問いかけにずっといた、と彼は平然と言い放った。学校へ行った方がよかったんじゃないとか両親が心配してるかもよとかそういう安易な帰宅の促しを私はしたが、完全に私の弱みを握っている彼はそれらを軽く受け流し、私の寝室を動く気は微塵もないようだった。私は男に名前と学校を訊き、彼は素直にそれに応えた。山吹に通う、仁という名前の15歳。夜になっても男はそこに居座り続け、学校にでも連絡しようかと思ったがそうしたら私は脅迫通り、淫行の罪を突きつけられるのかと思うとできなかった。腹減った、男が言い、私はコンビニへ走り晩御飯まで買ってきてやったりしたのだった。
 「ねえいつまでいるの?」
 「気が済むまで」
 「学校嫌いなの?」
 「別に」
 「じゃあ家が嫌いなの?」
 「家とか学校が嫌いっていうか」
 「うん?」
 「おねーさんが好き」
 そうなんだ、としか私は言えなかった。それ以外に何が言えただろう。深夜に外をうろうろし、酔っ払った女に捕まり、部屋までついてきて、裸になって、それで好きだとか言われたって、嬉しくもなんともなく、拍子抜けるしかなかった。それでその後に、他人を好くという感情を簡単に抱いてしまう彼の若さに、参ったなと思うしかないのだ。勘違いだ、気の迷いだ、それに間違ってる。15歳は15歳なりに同級生の女の子と付き合ったり、それとも少し大人な女子高生に憧れたり、または完全に分別があり真摯に自分を見てくれる社会人と健やかな愛情を育むものだ。決して夜な夜なナンパと飲酒を楽しむ私なんかの相手をしてはいけない。帰ってほしい?彼は言い、すごく、と私は答えた。
 「じゃあ帰るけど」
 「ほんと?」
 「でもまた来ていい?」
 「えーっと」
 「どっちがいい?」
 「え?」
 「俺がずっとここにいてその内警察沙汰になるのと、たまに来て静かにしてるの」
 「いずれにしても来るんだね?」
 「好きだから」
 「そっか」
 じゃあたまに来て、と私は提案し、男は頷いた。一生来るなと言いたかった、二度と来るなと。仁という男に対する嫌悪からではなく、15歳という年齢に対する恐怖からだった。けれどそう言ったら、男は脅迫通りにするのかもしれない、そう思うと、一旦家に帰り学校なりなんなりに行ってもらう方がまだ安全に思え、私は妥協した。それからというもの仁という15歳はこの家にやって来る、かなり頻繁に。それで私に飲みに行くなとか言い、他の男と遊ぶなとか懇願し、仕事に行くなと甘えては、夜な夜な私を抱きたがる。私に無視をされた仁はなにも気にしていないような顔をして、朝ごはんにと自分で買ってきたコンビニのパンを食べていた。
 「私今日残業だから」
 「確定?」
 「確定。月末だもん」
 「がんばって」
 私はうんと言いかけて、その言葉を飲み込んだ。仁を構いたくない、これ以上親しくなりたくないのだ。健全な中学生らしいどこかへ戻ってほしいと切に願う。けれど仁がそういう風に、がんばってだとかおつかれさまだとか、例えばえらいねとか。疲労をまとう私に純粋なねぎらいの言葉をかけてくる度、私は仁を大切にしてしまいそうになる。もっというと仁に単純な好意を抱きそうになるのだ。仁の脅迫がただの脅迫ではないのは段々とはっきりしてきた、仁は私を困らせたいのではないし、体のいい隠れ家としてここを利用しているのではない、言うように仁は私が好きなのだ。気の迷いであっても今この瞬間は、ただ真っ直ぐに私が好きなのだ。私がそれを承知しないのをわかっていて、だから脅迫なんてことをして、ここに来られる理由作りをしている。それをわかってしまってから、私は仁を邪険にできなくなる自分と葛藤し、なんとか彼をあしらって暮らしている。

 家に帰って来れたのは日付が変わるぎりぎりといった時間で、仁はいて、制服を着たままだった。それで帰ってきた私を玄関で出迎えおかえりと、抱き締めてくる。学校行ったんだ?と私はくたくたながらに思わず喜びの声を上げてしまい、朝行けって顔してたから、と仁は答えた。
 「証拠残そうと思って、着替えなかった」
 「そっか」
 「飲みに行ったかと思った」
 「私?」
 「帰り遅いから」
 残業だって言ったじゃん、私は思わず笑ってしまい、仁は私の顔を見て、真面目な顔をしている。私は今仁と、まるでカップルのような会話をしてしまったことに戦慄している。仁の方は、恐らく仁がこの家に来るようになって、飲みに行くなと甘えてくるようになってからも、幾度となく夜遊びに出ては男と知り合い、朝二日酔いで帰って来る私を責めているのだ。私は仁と付き合っているつもりはない、仁にそういうことを言われたことはないし、言われたとしても断るだろう。結局のところ仁が求めてくれば断りきれずに応える時もあるけれど、かといって仁だけにそれを定めることはしない。私はあてつけのように夜遊びをする、わざわざ仁が家にいるであろう日に限って他の男の所へ行く。それは仁に、私というものの不埒さを見せつけ諦めさせる為だった。この男が現れてからというもの、私の夜遊びには純粋な楽しみが減ってしまった。酒を飲んでは仁を拾ったことを思い出し、男に声をかけられては家で私を待っているであろう仁が頭をちらつき、抱かれては子供みたいなわがままを言う仁に申し訳なくなる。私は今若さを謳歌していない、仁を引き離す為にそれをしている。時々しんどくなっては酒を飲む、かといって家に戻って仁と触れ合っていると、今度は世間に対する背徳感が私を襲うのだ。
 「離して」
 シャワー浴びて寝る、仁の批難がましい視線にも、この状況にも耐えられなくなり私は冷たい声を出し仁の腕の中で身じろいだ。仁はそっと腕をほどき、脱がしてあげると言って、私の服に手をかけた。やめてよ、私は言ったが、仁は相変わらず真面目な顔のまま私を押して玄関扉に押し付け、かなり強引に服を脱がせ続けた。「怒ってるの?」私は訊き、「怒ってるのとか。訊く資格ないでしょ」と仁は私に言い放った。その意味が私にはわからず、甘えた声を出さない仁を恐れつつ、惚れ惚れとしている。子どものくせに、そう思うのに、時々こうやって一人前の男であるかのような声を、仕草を、仁は差し出してくる。ああだめだって、仁が首を舐めた時、私は言ったがそれは聞き入れられない。仁は私がいつもそうするように、私の言葉をまるっきり無視して、静かで固い玄関で私を抱いた。山吹の制服を着ていた仁と、それを脱いだ時の仁は同じものであるはずなのにまるで違う生き物のようで、くらくらとした。

 私達は一緒に浴室に入り、黙って二人でシャワーを浴びた。熱いお湯を浴びながら仁が私の鎖骨の下に唇を押し付け赤い跡をつけたことを私は咎めず、ただ黙って眺めていた。
 体を拭き下着だけを身に着けると、眠気がどこかに飛んでいってしまったことに気付き、冷蔵庫からビールを出してタブをひねった。仁がリビングで同じように下着だけ履いたまま、こちらを見て立ち尽くしている。飲む?飲みかけのそれを見せると飲む、と言うので新しく一本取り出し、投げ渡す。私達はビールを飲みながら暗い部屋でテレビだけをつけ、ソファに座っていた。いくらリモコンのボタンを押しても天気予報、今日のニュース一覧、渋い旅番組、通販番組しかやっておらず、なんとなくBGMの一番明るかった天気予報を流していた。沖縄は30度。
 「中学生に酒飲ませてる」
 「そんなこと言わないでよ」
 「中学生だからって。いつも思ってるのはそっちじゃん」
 「ねえやっぱり怒ってるでしょ」
 「怒ってない。めっちゃつらい」
 「なんで?」
 「こんなこと言っても仕方ねえとか思うけど」
 「うん?」
 「俺もうちょっと早く生まれたかった」
 それが私に対する精いっぱいの皮肉と提訴であったことは間違いないだろう、だけど私はそれを受け止めない。よしよしと頭を撫でてやらないし、そのままでいいよとか言ってやらないし、むしろ聞こえていないふりすらする。
 けれどその時、私はもう耐えられなかった。仁をないがしろにしたり、出て行くように促したり、必死のわがままを無視したり、できなかった。これは私の罰なのだ、散々遊びまわった私に課せられた罪と罰だ。仁はひとつも悪くなく、それなのに彼ばかりがみじめな思いをし、今私につらいと言い放つ、そして自分の生まれた時すら悔やんでいる。私は私の生んだ罪と罰を、私が抱え込まずにどうするのだと、散々仁を子ども扱いした大人である自分の不甲斐なさを恥じた。
 私はいつの間にか隣の仁の頭を撫でている。ごめんねとか言ってやりたかった。けれどそうしたら仁はどうしてしまうのだろう。ありがとうとも言ってやりたかった。けれどそうしたら仁はどうしてしまうのだろう。付き合おうとか、とりあえず他の男と遊ぶのはやめるとか、例えば何年後に気持ちが変わらなかったらこうしようとか、それとも違う恋愛をしなさいとか家に帰りなさいとか、私への好意は寂しさからくる気の迷いだよとか、言ってやりたかった。けれど今日やっと彼の頭を撫でてやれた私にはまだそんなこと言えない。好きだよ、私は呟いたけれど、仁はそれを無視した。そうして私はこれまでいかに、自分が仁にひどい仕打ちをしてきたかを身を持って知る。
 「俺ね」
 「うん」
 「あんま頭とか撫でられたことないから」
 ないから、なんなの?私は思うのだけど、彼にその先の言葉はなかった。ただ黙って、私の肩にその頭をこするように載せてきた。脅してごめん、もう来るなって言っていいよ。天気予報が終わりを告げおやすみなさいの文字が流れた時、仁はぽつりとそう言った。





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2014.5.27
アサトさんにリクエスト頂いた社会人ヒロインと中学生あっくん
その後どうなったかはご想像にお任せスタイル