↓「ふられる」シリーズ↓(〜2014.2.8)
「ふられた!」 ドアを開けるなり大声で叫ぶと驚いた顔をして清純が リビングから出て来てあたしを見た。 清純の両親が出かけているのはシャッターの上がったガレージを見て知っていた、だから あたしはこんな風に横暴な振る舞いが出来る。 部屋着姿の清純はあたしをまじまじと見ながら 靴下の履かない足でぺたぺたと廊下を歩いて来て 玄関で立ち尽くすあたしの前でぱたりと止まると どうしたの、と右手を。あたしの頭の上に置いた。 「さっき!放課後!告白して来た!ふられた!」 「え、もしかしてふられた帰り?」 「そう!ごめんって一言!」 ごめん。 その言葉とあの顔と、その時吹いていた風にのって来た仄かな石灰の香りを思い出すと ぐず、と涙が目に滲む。 清純のばかあ、と八つ当たりをしてその場にしゃがみ込むとあたしの正面で 清純もしゃがみ込んで相変わらず、あたしの頭を撫でていた。 「ばかだなあ男なんか星の数ほどいるのに」 そう言って。 清純があたしの頭を撫で続けている。 (清純。言えないその先)
「俺さ」 「浮気してるんでしょ知ってるよそんなん百も承知だったけど」 先手を打つと跡部は嫌な顔をする、くっきり寄った眉間の皺を 眺めると愉快で、鋭い視線はやっぱり男前で 惚れざるを得なかったのだ、とアタシは思う。 「で?」 「で?ってなんだよ」 「浮気してるって発表しただけ?」 「お前なあ」 「別れないよアタシは」 跡部は立っている、面倒臭そうに。 そして地べたに座って体育座りをしながら 左右に達磨か何かみたいに揺れるアタシをじっと見詰めていた。 「別れろよ、他に女居るんだよ、分かるだろ」 「分からん」 「馬鹿かお前」 「アタシは跡部の二番目でも三番目でも、まあ四番目でも良いから。一緒に居たい」 「うっざ。あのさあ」 そういう。 「重いのとかほんと困るんだけど」 跡部が真面目な顔してそんな事を言うので。 床に寝転がって だあるまさんが転んだあ と声を上げるとはあと跡部が溜め息を吐いて。 勝手にしろよと部屋を出て行ってしまう。 だから。 そうやって甘いからアタシはあなたを離れないのだって 教えてあげたい、でも教えたらアタシはここに居られない。 (跡部。色んな形があるよねー)
どうして抱いたりしたんだろう、 別れを告げる事なんか最初っから決めていたのだろうに あたしをあんな風に 幸せにさせるだけさせて、別れようだなんて 悪趣味にもほどがある、それとも 自分の性欲を満たしたかっただけだろうかそれとも 健太郎は優しいから。 なるべく今まで通りに最後まで接してあげようとか 少しでも良い感じで終わらせてあげたいとか 本当はあたしの事なんかもう触りたくもないのかもしれないのに 気遣って気遣ってああいう結果になってしまったのかもしれない、 本当にあたしの我儘に付き合ってくれたし 本当にあたしを怒らないでいてくれたし 本当にあたしを大事にしてくれた彼だった。 そうだ健太郎は優しかったな、と 改めて思うとあたしは彼に愛される事を失った自分を 呪い殺したくなった。 (南。なんでふられるシリーズなんてやってしまったんだろうと後悔した一つ)
「うっせーあんなブス時期が来たら別れてやるよ」 遠い遠い廊下の先で発せられた筈のそれは、あたしの耳にはっきりと届いた。 そうかアタシはブスなのだ、 ブスで、とりあえず今期間限定でお付き合いさせて頂いているだけで その内ふられて その後も相変わらずブスだと罵られるのだろうと思うと息が止まって 踵を返しトイレに向かうと個室に閉じこもった。 ふつふつと沸いて来たのは昨日のデートとか 初めて会った時の事だとか 部屋で二人っきりになった時の彼の温もりだとかで あれも全部偽りだったのかとか 内心ブスだと思いながらの接触だったのかとか 思うけれどもだけどどうして赤也が好きだ。 赤也があたしをどう思っていたってそれは変わらないのだと 気付いて涙が熱くなる。 (赤也。必殺遠回しふられ)
「なんかね」 「うん」 「一目惚れってやつだったと思うんだけど」 「うん」 「すっごい格好良くて。コンビニの店員さんなんだけど」 「ああ消防前のね」 「そうなんか、会いたくて、毎日通ってたんだけど」 「コンビニに?」 「うん、学校前とか帰り道とかに」 「そんなに買うものある?」 「お菓子とかパンとか。それで仲良くなって」 「ああ、うんうん」 「喋れるようになって、偶然向こうの仕事終わりとか。駅前で会ったりして」 「うん」 「どうやってアドレス聞こうかなとか今日は何喋ろうかなとか、すっごい考えてたの」 「そう」 「で、今朝行ったらお兄さんさ、すっごい嬉しそうな顔して」 「うん」 「僕彼女出来たんですよーって。惚気られて」 「うわあ」 「でもアタシ好きとか。伝えてなかったから」 「うーん」 「だから、良かったですねーとか言って普通に、コンビニ出て来ちゃった」 彼女出来ちゃったんだって、と呟くと隣のジローが小さく溜め息を吐いた。 たかが憧れだと思っていたのに。 自分がまだ中学生である事をはっきり意識していた筈だったのに。 どうしてこんなにも痛いのだろう、ぐっさりと刺されたかのように。 「でもさ、偉いじゃん」 「何が」 くしゃみが出そうな鼻を押さえているとジローが呟く。 「泣かなかったんでしょ?」 そう言われて。 そうだアタシは泣かなかったのだと思うと自分が可哀想になって 一つ、涙がこぼれた。 健気で優しい可哀想なアタシ、を想うアタシを今は誰も咎めない、 ふられたのに、居心地が良いのはどうしてだろう、一時間目をさぼってジローを付き合わせ 二人寄り添い息をひそめる美術室で。 (ジローちゃん。猫的なぬくもり)
「お前泣き顔ぶっさいくやなあ」 そう言った侑士が憎くて憎くて仕方なく でも涙は止まらなくて、どうしようもなく 私がした事と言えばただ一つ、 赤ちゃんみたいな泣き声を更に大きくしただけだ。 驚いたのか呆れたのかは分からない侑士はぎゅっと私に詰め寄って ほんわりと私の肩を抱いた。 「もう最低だよすっごい好きだったのに」 「まあそうやったんやろうなあ」 「大体何よ、今は付き合えないって、意味不明過ぎるでしょ」 「男らしくないな」 「そうだよ、でも好きなんだよ私頭おかしくなりそう!」 もう嫌だもう恋なんかしない、と泣きじゃくっても 侑士は離れていかないしかといって宥めてもくれない、 中途半端な優しさみたいなものが憎くて、どこか嬉しくて。 「案外いい人は近くにおるんやけどなあ」 そう言ってふざける侑士の 頭を今日は上手く、叩けない。 (忍足。付き合えー!付き合えー!と念じたい)
運命だと思ったのに、 そう思った事を最近流行のJ-popの歌詞みたいだと思って 笑い飛ばしたくなったけれど全然笑えない事に気付いて案外自分が 深く傷付いている事を思って悔しくなった。 「結婚したいとかさあ」 「おお」 「思ってた訳、馬鹿みたいに」 「お似合いだったけどな、お前等」 「ああもう馬鹿なんでそんな事言うの思い出す!」 「ああ、悪い、悪かったって」 仁王がへらへら笑っている、仁王は 幼い頃から今日に至るまでずっと私の恋愛を隣で見て来た、 初恋だとか、長い片思いだとか、初めての彼氏だとか、そしてアタシも。 仁王の恋愛をその隣でずっと見続けて来ている、 幼稚園の頃に恋をしていた保育士さんから、部活の先輩から 近くの女子高の美人なお姉さん、そして今、 彼氏にふられたアタシと暫くフリーを貫いていた仁王がここに居る。 「まあ、大丈夫じゃろお前恋多き女だし」 「そんなん。まだ立ち直れてないって」 「マジかよ立ち直りおっそ」 「遅いって今じゃん今、さっきふられたんでしょ!」 「悪かったって」 怒鳴ると仁王が困った顔をして、それでも笑って、 取りなすようにアタシにぎゅっと詰め寄った。 仁王と付き合えたら良いのに。 強くそう思う事があるけれどでもそれは、 妥協と甘えだからアタシはいつも、新しい恋を探している。 (仁王。付き合えばいいのに笑)
「好き」 そう言った所で答えは分かっていたのに、口に出さずには居られなかった、 きっと本気で好きなのだろうと自分で思う。 彼女が居るのも知っていたし、 告白されたからって別の人に乗り換えたりするようなタイプではないのも知っていたのに。 告白して良かっただなんて、立派な事をあたしは思えるだろうか。 この亜久津に告白して、ふられる事を成果だと言い晴れるだろうか。 好きだったその事が何より重要なのだなんて達観した事を 心の底から思えるだろうか。 そんな事よりも今、あたしから飛び出したのは 亜久津の事が好きであるという、ただそれだけで。 「お前さあ」 無謀な事すんなよ。 亜久津が笑っている。 (亜久津。なんかフレンドリーだな笑)
例えばこう、可憐ではない。 純情でもないし、清純でもない。 女らしくはないだろう、だけど面白みもないし 特別美人ではないし、と考えるとあたしは自分の魅力のなさに、 というよりも男ウケの悪さにがっくりと来る。 ベンチに座る私と その足元にしゃがみ込んでシューズの紐をきつく結んでいる日吉くんが居て ねえねえ日吉くんと あたしはオペレーションノートに集中しているふりをして何の気なしに声を掛けた。 「はい?」 「ちょっと。驚かないで聞いて欲しいんだけど」 「なんですか」 よっぽどの話だと思ったのかなんなのか 日吉くんがこちらに顔を向けて難しい顔をする。 ああそんな顔をしないで欲しい、あたしは 彼のそういう顔を見る度に得体の知れない感情が胸を覆う事に気付いて最近とてもつらいのだ。 「好きなの。付き合って下さい」 冗談はやめて下さいよこそばゆいな。 冗談じゃないんだけどな、 あたしはその一言をぐっと堪える。 (日吉くん。日吉くんはどうしても先輩の相手をさせてしまう)
↓「海」シリーズ↓(〜2013.1.18)
別に泳ぐのなんて好きでもないし 露出だってしたくもないし 日焼けだって嫌いだ。 なのにどうしてこうも 日差しが強くなって暖かくなると 人は海を目指してしまうのだろう。 清純が手を差し伸べた。 アタシはぎゅうっと目を閉じて 眩しい太陽を憎みながらも なぜか愛しさを感じて 一歩踏み出した。 ああ夏と海と 清純が呼んでいる。 (清純。清純はもうわっさわっさ泳ぎそう)
「見て、ヒトデだよ」 「うわあ。グロいわあ、」 「そう?綺麗じゃん、可愛いし」 「お前は小学生か。アホ」 「侑士は女の子みたいだね」 「うるさい」 「あ。見て、カニ」 「え、どれ」 「あれ、ほら岩の所」 「どこや、見えんぞ」 「あーあ、侑士が五月蝿いから隠れた」 「俺の所為かよ!クソあのカニめ」 裸足になった侑士がじゃばじゃばと、 海の中へ入って行く。 小石や尖った岩や、痛そうなのに 出て来いやカニー!とはしゃいでる。 まるで子供。 「怪我しないでねー!」 「大丈夫、意外に痛くないわ!」 どんどん進んで行く侑士。 いつの間にか会話は、叫び合うくらい大きな声になって。 「あんまり遠く行っちゃ駄目だよー!」 「おお、任せとき!」 「深い所入ったら溺れちゃうからねー!」 「泳げるから大丈夫やて!」 「足とか攣ったら死んじゃうよー!」 「アホ!お前残して死ねるかー!」 カニおったー!! 侑士が奇声を上げてカニを追っている。 アタシは海水でピリピリする足先を気にしながら 童心に戻る自分達に、笑う。 (忍足。磯で遊ぶ。たまに楽しい)
部屋は静かで、波の音が少しだけ聴こえて 海の匂いが微かにして、クーラーが効いてて、涼しい。 「ああ、ごめん足の砂が」 冷たくて心地良い床に目をやって 足の指の隙間から零れた砂に気付く。 振り返ると男が笑って いいよ、気にしないで、シャワー浴びたら? と言う。 うん、とアタシ。 今年は思いっきり 年取ってからの事もガンだかの事も忘れて 思いっきり、日焼けしようと思って。 水着を着てビーチで寝転んでいたら声を掛けられた。 お姉さん、一人?なんて在り来たりな。 一人だよ、今はね、とアタシは答えた。 一緒に来た友達は海に入って遊んでいた。 それからは簡単。 可愛いね、そんな事ないよ、彼氏居るの?居ない、俺の家すぐそこなんだ、そうなんだ、 ちょっとおいでよ。 そして今に至る。 一緒にシャワーを浴びながら、名前を訊く。 男は赤也、と答え、アタシに触れた。 (赤也。海と言えばナンパらしいですね)
友達と夏祭の後に花火を買って 近くの海に行った。 もう結構な数のバカで脳天気な学生達が集まって 思い思いに花火をしてる。 一番盛り上がっているグループに半ば強引に誘われ 一緒に花火をした。 打ち上げとか、手持ちとか、 地面に置いたらツリーみたいに火花が散るやつとか。 暗くて、月が綺麗で 草履の中に砂が入って、海の音がして、 お互いの顔なんて、花火が上がった瞬間くらいしか見えなくて それが楽しくて。 無謀な持ち方で無謀な火の付け方で 大きな音出してみんなで笑って。 花火持ったまま誰かを追いかけて ふざけて海に突き落としてみたり 恒例のナンパ合戦が始まったりして。 誰かが。 よーし行くよー! の声の後にロケット花火に大量に火を点けて 辺りがあの甲高い嫌な音でいっぱいになって パーンと破裂して空が光に満ちた瞬間、 遠くから近付いてくるパトカーのサイレンの音と 真っ赤なランプに気付いて おーやべー警察来たよーとか 少しの罪悪感と誰にも止められないテンションで みんな一通り笑った後 一斉に「逃げろー!」と叫んで走り出した。 アタシが一緒に来た友達を見失ったのと 花火の光で目がくらくらしてたのと 着慣れない浴衣でもたもたしてた時 咄嗟な 「こっち」 という声と、アタシの手を引っ張る腕が有り アタシとそいつは駆け出した。 暗闇に慣れてきた目で見たその髪は 眩しいくらいの銀色だった。 山吹中に、銀髪の、不良が居るって、 えらい事になってしまった、アタシは思った。 (あっくん。出会い)
家出同然で最終電車に乗って海へ来た。 宿なんかは結構有ったのだけど時間が時間で受付出来ず ラブホもいっぱいだった。 眠たくはなくて、のんびりと海辺を歩いた。 無意識で手を繋いだ。 初めてだった。 「どうしようか」 「野宿も構わんけど、お前寒いじゃろ」 Tシャツスカートで飛び出して来たアタシを見やり 仁王が言う。 うん、少しね、 アタシは言う。 「上着持って来れば良かったなあ、悪いな」 「ううん、全然」 「困ったね」 「本当にのお」 「コンビニ行って朝まで待つ?」 「いや、お前寝たいじゃろ」 時計を見ると深夜二時を過ぎていて 欠伸を噛み殺しながらアタシは頷いた。 海へ来たのは別に意味はない。 アタシ達の町には海がなく ただ見たかった、それだけだ。 明日の事も その先の事も 何も考えていなかった。 ただ今、海に行きたい それだけだった。 「なあ、あれ」 仁王が指を差す。 見ると、昼間海水浴を楽しむ人の為の 個室が並ぶだけの木製の小屋みたいな更衣室が在った。 「とりあえず入るか?風くらい防げるじゃろ」 「うん」 簡易的でボロくて、勿論外鍵なんて付いてない。 拍子抜けするくらい簡単にドアは開いて アタシ等はその中に入った。 「まあ、ええの」 「うん、あったかいね」 くっついて座り込んで、ぼんやりする。 ペン持ってるか?と訊かれて 無いからこれで良い?とペンシルライナーを出す。 ええ、と言って仁王は受け取って 更衣室の壁に落書きをした。 【×月××日】 今日の日付と、アタシ等の名前。 また見に来た時残ってるかの、なんて笑って。 アタシにライナーを返すと 真面目な顔になって唇を寄せて来た。 幾分狭いその中で アタシ達は深く交わる。 (仁王。)
夏休みは海の家でバイトをする。 かき氷とポテトとフランクフルトしかやってないから まあ楽と言えば楽。 暑いし 子供はうるさいし アタシだって泳ぎたいんじゃーと思うけど 我慢。 「かき氷六個。全部イチゴで」 はーいと条件反射で顔を上げて 客の顔を見てああ、と思う。 「宍戸じゃん」 「おお、なんだお前バイト?」 「うん、まあ。イチゴ六個だっけ?」 「うん」 「600円ね」 お金を貰って、冷蔵庫から氷を取り出す。 シャリシャリ。 機械にかける。 「六個もどうするの?」 「部活で来てんだよ」 「ああ、みんなの分ね」 そ、と宍戸は笑う。 ちょっと日焼け始めたくらいの色した 汗なのか海水なのか、濡れた肌。 砂まみれの素足。 流石運動部の、締まった綺麗な体。 シャリシャリ。 先に出来た三つを渡す。 「ありがと、お前何時まで?」 「仕事?今日は四時まで」 「ふうん、なあ」 ひらひら、宍戸が手招きをする。 アタシは店のカウンターから少し、身を乗り出して 口元に手を添えた宍戸に、顔を近付ける。 「終わったら、遊ばねえ?店の横で待ってるから」 何も考えずに咄嗟にうんと言ってしまい にこり、笑った宍戸。 残り三つのかき氷にシロップをかけて渡すと 後でな、と言って宍戸は行ってしまう。 汗をかいていた。 (宍戸。偶然の出会い)
こんなに人が多いんだもん、 そりゃあ友達くらい見失う。 仕方ない。 仕方ないけど、ちょっと困る。 暑いし、うるさいし、喉渇いたし。 少し木陰で休もうかなあなんて 思った所で声を掛けられる。 知らない男達だった。 「おねーちゃん」 「どこから来たの」 「一人」 「友達一緒に探そうか」 「ていうかまあ一休みしようよ」 「一緒になんか飲もう」 「あっちに俺等の友達まだいるからさあ」 とかなんとか。 しつこいったらない。 シカトしようにも囲まれるし 歩き出そうにも阻まれるし いっそ一緒に行った方が事は大きくならないんじゃないかと 諦めモードのアタシ。 暑いし、うるさいし、喉渇いたし。 「おい」 乱暴に腕を掴まれる。 ああ暴力は良くないよ、なんて思った時に その手はアタシの腰に回った。 「アホ、探しただろ、行くぞ」 跡部は。 そう跡部はそう言ってアタシを男達の群の中から連れだす。 腰の手をまた、腕に戻して 引っ張って。 暫く無言で歩いたあと アタシの顔を見て「お前何してんの」と訊ねた。 「友達とはぐれて、絡まれた」 「あ、そう」 「跡部は誰と来てるの?」 「部活」 「そう、ありがとね、助かった」 「別に」 「でもちょっと無理あったかなあ」 「何が?」 歩みを止めて、跡部が不思議そうな顔をする。 「だって、彼氏のフリしてくれたんでしょ?」 「まあ」 「普通、跡部みたいな人とアタシみたいな普通な女が付き合う訳ないじゃん」 「アホか」 「絶対カップルなんかに見えないよ、逃げれたから良いけど」 眩しいのか暑いのか 跡部は眉をしかめて アタシの腰に手を回す。 さっきよりもゆっくりと、丁寧に。 「何?またさっきの来た?」 「こうすりゃカップルに見えんだろ」 勝ち誇ったような それでも色気に満ちた声で跡部は言って アタシに口付けた。 (跡部。海のちゅーとかしょっぱそー!)
↓「眠れぬ夜」シリーズ↓(〜2009.4.10)
「なあ、もう一回」 仁王の腕は乱暴にアタシをベットの上に押し倒し 優しげな手はアタシの体中を撫で回す。 眠たくない訳じゃない。 きっと横になればすぐに眠りに付けるだろう。 ただアタシが眠れないのは 仁王と一緒に居るからで 今夜も眠れぬ夜が来た。 (仁王。眠らせないパターン。)
場所が変わるとなかなか寝付けなくなる。 修学旅行の夜はアタシには苦痛以外の何でもない。 お喋りに花を咲かせていた同じ部屋の子達も 深夜二時を回ると眠ってしまった。 アタシだけが眠れない。 もう見周りの先生も寝静まっただろうと そっと部屋を抜け出す。 やはり廊下には誰も居なくて アタシはホテルの小さな談話室まで歩いた。 そこには本棚があって、いくつか本が置いてあった筈。 少し読んで眠たくなるのを待とう。 誰も居ないと思っていたのにそこには景吾が居て ソファに座って文庫本を読んでいた。 アタシが歩いて行くと顔を上げて 「何してんだ」 と眉間に皺を寄せた。 「だって、眠れないから」 「消灯時間過ぎてるぞ」 「景吾こそ」 「俺は良いんだよ」 そう言って本を置くと 本棚の隣の自販機に硬貨を入れる。 ソファは二人掛けのが一つしかなくて アタシは景吾が座っていた隣に腰を下ろした。 景吾はコーヒーの缶を二つ持って来て アタシに手渡す。 「有難う」 「なんか、二つ出た」 それが嘘なのか本当なのかアタシには分からないけれど フタを開けてコーヒーに口を付けた。 ほんのりと砂糖の味。 「景吾も眠れないの?」 「あー、まあ」 「場所が変わると眠れないタイプ?」 「違え、俺は」 缶にまた触れようとしたアタシの唇を奪って 「お姫様のキスがないと眠れないんだよ」 景吾が笑いもせずに言う。 とてもテニスをやってるとは思えない綺麗で柔らかな指が浴衣を割って入って来て アタシ等はソファの上に倒れ込んだ。 もうそれ以上言葉は要らない。 (跡部様。修学旅行カップルの誕生)
恐い夢で目が覚めて 隣の日吉君に抱き付いた。 まだ起きていたらしい日吉君は 薄っすら開けた目で どうしたんですか、と問う。 「恐い夢見ちゃった」 「どんな夢ですか」 「、覚えてないけど」 「夢ってなかなか覚えていられないですよね」 日吉君は慣れたように言って 大丈夫ですよ、とアタシの背中を撫でる。 片腕を枕にして。 「アタシ、駄目なんだ」 「なんですか」 「夢とかで一回夜中に目が覚めちゃうと、もう朝まで眠れないの」 「確かに先輩、寝るとずっと起きないですよね」 「そうなの」 日吉君は上半身を起こして、上からアタシの頭を撫でる。 アタシも起き上がると、少しだけ笑った。 「何か飲みますか」 「うん、」 「ココアでも作ります」 「有難う」 「一人で大丈夫ですか、一緒に行きますか」 アタシは一人でこの部屋に取り残される事を想像してちょっと嫌になって 一緒に行く、と呟いた。 日吉君はアタシの手を取って、電気を付けた。 一緒に起きてますからね、 とアタシを安心させるように囁く。 (日吉君。夜中のココアは美味しいよね)
酷く疲れていたし眠気もあった。 明日だって早いし。 だけど全く眠る事が出来なくて 眠らなきゃ眠らなきゃと思う度に目は冴えていく。 体だけがだるい。 隣のジローを起こしたくはないけれど 眠れなくて、体勢が悪いのかと寝返りを打ったり 眠気を誘おうと無理矢理欠伸なんかして ぽちぽち携帯をいじったりしていると 案の定ジローが目覚めてしまって 「眠れないの?」 と彼自体は酷く眠たそうにアタシに言った。 「ごめん、起こしたね」 「ううん、大丈夫?」 「うん、眠れないだけだから」 「ごめんね」 隣に居る人に先に眠られると寂しくなるよね? 確信的な事を言ってジローがアタシの首に手を回す。 ゆっくり頭を撫でる。 「俺の眠気を分けてあげれたらな」 「うん、有難うね」 「羊数えてあげよっか」 羊がいっぴーき、ひつじがにーひき、 とふわふわとジローが唱える。 こんな事アタシの中で何回もやっていて、無駄だとは分かっているけれど 健気なジローが可愛くて、続けさせる。 ジローはだけれど睡眠王子で、 18匹目の羊を数えた時にすっと眠ってしまった。 豆電球の明かりの下、その幸せそうな寝顔を見て やっとアタシも眠気を見出す。 何より彼の気持ちが眠気を誘う。 (ジロー。ジロちゃんは不眠とは無縁そうだよな)
どうせ家に帰っても怒られるだけだから アタシは夜道を歩いた。 家と反対側の方角へ。 眠たくはないけれど足が疲れて 少しだけ寒くて 目の前にあるコンビニに立ち寄った。 あと三時間もすれば日が昇る。 その先の事は考えて居ないけれど コンビニを渡り歩けばそれまでなんとか時間は潰せるだろう。 自動ドアと、いらっしゃいませという店員のやる気のない声。 そしてアタシという若過ぎる女への 奇異にとんだ視線。 だけど警察に連絡はされないだろう。 アタシはちゃんとした身なりをしているし コンビニ側だって面倒は嫌な筈。 買いもしない新商品をあらかたチェックした後 雑誌コーナーに向うと忍足が立ち読みをしていた。 「忍足だ」 「おう」 他愛ない車の雑誌から目を上げて 忍足がこちらを見る。 眼鏡のないその瞳。 「何してんや、家出か」 「まあそんな所。忍足は」 「ちょっとな、暇しててん」 ふうん、と言って横に並ぶ。 興味のないギャルっぽい雑誌に手を掛けた時 その手を掴んで忍足が言う。 「どっか行こうや、コンビニなんて芸がないやろ」 暖かなコンビニから出た途端 忍足はアタシを引き寄せて唇を奪った。 ホンマやってんな、 そう呟く。 「何が」 「お前、家族に乱暴されてんやろ」 傷だらけの腕を服の上から撫でて 忍足が囁く。 俺の家来なや、ずっと居ていいから。 そう言ってコンビニなんかよりもずっと 暖かな目をしたのだ。 (忍足。夜の出会いと居場所の確保)
どうして月の動きを観察する、 なんていう課題を選んでしまったのだろう。 お陰で眠れやしない。 二時間ごとに月の写真を撮って 後々その動き方を見てみる、というものなのだけど よりによって月だなんて。 太陽にすれば昼間だし、こんな苦労はしなかった筈だ。 二時間ごとに起きて写真を撮る事も出来るけれど アタシは断然寝過ごしてしまいそうなので うかうか眠れもしない。 完徹だ。 徹夜のお供はブラックコーヒーと 南との電話。 電話をしてれば流石に寝ない。 南もアタシと同じくこの下らない課題を選んでしまった 数少ない仲間なのだ。 「あーあ、学校が生徒を徹夜させるなんて、おかしいよね」 「でも、今日の月綺麗だよ」 「もう月なんて見飽きた」 南はロマンチストで平和主義者だから 毎度の徹夜にも苛々せずにこんなのんびりした事を言う。 アタシは夜空に浮かぶ、あの丸くて黄色い物体が なんだか憎くて仕方ない。 「あー、眠いな」 「寝ても良いよ」 「駄目だよ、アタシの課題が」 「どうせ同じ物を観察してるんだもん、俺の写させてあげる」 「駄目、そんなの悪いから」 眠い眠いって言うクセに、 と南は困ったように笑った。 「もうコーヒーも効かないや」 「ホント?困ったね」 「うん、なんか駄目だ、部屋に一人だとさ、油断したら寝ちゃうよね」 「あー、そっかあ、じゃあさ」 なあに? 欠伸混じりでアタシは訊ねる。 「明日から一緒にやろっか」 アタシの欠伸は、止まった。 (南。私は中学で太陽の動きを観察する宿題やりました)
ベットから起き上がって周りを見渡す。 少し寒くて、服を着直せば良いのだけど面倒で アタシは暖房のスイッチを入れた。 エコなんて知った事じゃない。 すぐに温かい風が部屋を包む。 よしよし。 アタシは下着だけ身に付けてまた、部屋を見渡す。 ベットのサイドボードに爪やすりが置いてあったから ゴミ箱を手繰り寄せてベットの端に座り 片膝を立てて足のすぐ下にゴミ箱をセットすると アタシは足の爪を削った。 電気を付ければもっと見やすいのだけど 隣で赤也が寝てるからちょっと躊躇われる。 アタシは黙々と 外からの街灯の光だけを頼りに爪を削った。 白い粉がゴミ箱へ落ちる、音もなく音もなく。 「何してるの」 寝惚けた声で赤也が訊ねて アタシの腰に後ろから抱き付く。 ちょっと暑くない、なんて言いながら。 「爪削ってんの」 「なんで」 「削りたいから」 「もう寝なよ、さっきは灰皿の掃除、その次はカレンダー捲って、今度は爪切り?」 「眠れないの」 そう、となんだか悲しそうに赤也は黙って 暫くアタシの背骨に頬を寄せていた。 アタシも黙って爪を削る。 親指から小指まで。 「まだ眠くない?」 「うん、全然」 「、もっかいしようか」 「なんで」 「きっと眠くなるよ」 ギラギラと冴えた目になって赤也がアタシをベットに引きずり込む。 アタシから乱暴にやすりと奪って どこかへ投げる。 赤也だって眠くないんじゃん、 呟いたけれどそれはもう届かない。 (ギラギラ赤也。なんか眠れなくてどうでも良い事が気になる夜)
息が苦しい。 眠ってしまった方が楽なのに 息をする度に悲鳴を上げる肺や 変な痛みを持つ関節が邪魔をして 目を閉じても頭の重さが気になるばかりで なかなか寝付けない。 眠らないと良くなるものもならないって 分かってるんだけど アタシは妙に眩しい部屋の電灯を見つめながら ぼんやりと だけど真剣に風邪と戦っていた。 携帯が小さな音を立てた。 開く時に時間を確認する、もう日付が変わっていた。 誰だ、こんな時間に、 アド変だったらぶっ殺すぞ、 と思っていたら宍戸からで 「何してた」 風邪引いてた、と返信すると メールは電話に切り変わる。 「何風邪引いてんだよ」 「季節の変わり目だもん」 「馬鹿のクセに」 「うるさいなあ」 そこで何か言い返すつもりだったんだけど 悔しい事にアタシは咳き込んでしまう。 咳が収まって宍戸もバカじゃん、と言おうとした時 それを遮って宍戸は言う。 「待ってろ、今行くから」 アタシは余計に眠れなくなる。 (宍戸君。予想より事態が悪かった場合)
空は晴れてて星も見えるけど 夏の夜とは打って変わって寒い。 こんな星の見える夜は、夏なら凄く暑かったのを覚えてるのに 今日はひやりと寒くて、アタシは上着を羽織った。 深夜二時のお散歩。 月明かりだけが元気で 近くの公園まで歩く。 ぽつぽつと等間隔に並べられた街灯、 今ではそれに集まる虫さえも居ない。 さあ真夜中のブランコにでも乗ろうかと 思った時に街灯の その下のブランコに、人影を見付けて アタシはアタシの聖域を汚されたような 仲間を見付けたような なんだかよく分からない気持ちになって よくよく目を凝らすとそれは亜久津で アタシはゆっくり息を吐く。 「何してるの」 声を掛けると亜久津は顔を上げた。 少し首を横に傾けて アタシの質問に答えない。 ポケットから煙草とライターを出して、 一本火を付けた。 携帯灰皿なんて持ってないだろう。 「補導されんぞ」 「亜久津こそ、煙草まで吸って」 「寒くねーの」 「ちょっと寒い」 目を少し大きく開いてアタシを見て まだ長い煙草を吐き捨てて亜久津は両手を広げた。 どうしよう、と思ったのは一瞬で アタシは直感的にその腕の中に収まっていた、煙草の匂いの。 「俺も寒い」 亜久津も同意する。 (亜久津。秋は寒いけど雪降ってないから外に出ちゃう)
心霊番組やホラー映画を見た後は必ず眠れなくなる。 今夜もその例に漏れずアタシは眠れない。 出来るだけハッピーで軽快な曲を大きい音でかけて 部屋の電気も付けっぱなしにしているのだけど 真っ暗なカーテンの向こう側とか ふと気付く部屋の隅だとか 少し開いてるドアの隙間なんかが 怖くて怖くて仕方なくて 後ろなんて死んでも振り返れないし 風の音ほんの一つに ドキドキしたりだとか。 考えなきゃ良いのに 映画の尤も怖いワンシーンを思い出したりしてしまって 確か、ふとベットから降りた瞬間に ベットの下から足を掴まれたよな、なんて 思うとアタシはもうそこから動けない。 ベットの下、ベットの下、ベットの下、 もし何かが顔を出したりしたらどうしよう、 瞬間の携帯のバイブ音。 真夜中のその音って 音楽を大音量でかけているにも関わらず滅茶苦茶怖い。 アタシは体中に鳥肌を立てながら そっと携帯を開いてみる、 これで知らないアドレスからのメールだったりしたら 恐ろしくて開きもしなかっただろうけど、 送信者は「千石清純」になっていた。 一つ、決定キー。 「怖いテレビ見ちゃって寝れないよー」 なんだ、清純も同じか。 思うと凄く安心して、アタシは清純に電話を掛ける。 着信と共に鳴るバイブ音に 清純が吃驚すれば良いななんて思って。 (キヨ。案外怖がりだと可愛いなって)
↓「学校生活」シリーズ↓(〜2008.10.13まで)
少し遅れて教室へ入って席に着くと隣の亜久津が笑った。 「その髪どうした」 「茶髪注意されて黒に直そうとしたら髪反発して赤になっちゃった」 答えると亜久津は更に笑う。 ヤンキーみたい、と笑う。 アタシの髪は度重なるカラーリングでパサパサしていて あまり綺麗に色が入らなくてまだらになってる。 挙句やっと黒に戻そうとしたら何の化学反応か赤になってしまった。 勿論朝一番で職員室に呼ばれてる。 「先生にまた明日直して来いって言われた」 「直すなって」 「なんで」 「俺好きだから。そういうの」 アタシを見つめて亜久津が言う。 アタシは赤くて痛んだ前髪を照れ隠しで触りながら 明日もこの髪で登校する事を決める。 (朝のHR。亜久津。髪色が変わった時のときめき)
その日一番最初の先生の発言は「芥川起きろ」だった。 いつもの事でみんな慣れてしまっていて、各々教科書を取り出したりしている。 アタシは自分の隣の席のジローを見た。 「起きろ」と言われてゆっくり顔を上げる。 先生が黒板に字を書き出したのを見遣り、ゆっくりとまた伏せた。 目は開けたまま、アタシに目配せする。 「ねえ、眠いよねえ」 「まだ一時間目だよ?」 「朝だもん、そりゃあ眠いよ」 アタシ等のこそこそしたお喋りに周りは誰も気付かない。 みんなノートに板書をしてる。 「この時の主人公の気持ちを表す一文はどこか?」 ジローは欠伸をする。 「眠い。また寝たら、起こしてね、怒られちゃうから」 「うん」 「でも俺、眠り深いから」 「うん」 「ほっぺにちゅーしてくんないと起きれないんだ」 真面目な顔してジローは言って じゃあ頼むよって伏せたまま正面を向く。 アタシはジローの横顔を見つめた。 眠るな、という思いと眠ってしまったら、という思いが交錯して。 (一時間目国語。ジロー。でも授業中に流石にそれは出来なさそう)
「∞」という記号を書くのに四苦八苦していると 後ろの席で携帯をいじっていた清純に肩を叩かれた。 なあに、振り返ると携帯の画面を見せられる。 文字、「ばいばい」。 「ふられちゃった」 「え。今?」 「そう、今。相手は一個上の高校生、付き合って一ヶ月」 「早いね」 「うん、あーあ。俺、泣きそう」 「凹んでる?」 「凹んでるよ、涙出そう」 あまりそんな風には見えないのだけど 清純は涙を拭う振りをして泣き声まで上げた。 先生は清純の自由行動には慣れてる、無視して授業続行。 「愛なんて突然終わるんだね」 「うん、そんなもんだよ」 そうだね、清純は頷き携帯をしまう。 そして急に小声になって言った。 「辛いから、癒してよ」 「どうやって」 「前向いてまた授業受けてて良いよ」 「それだけ?」 「俺君のうなじ大好きだから。後ろ姿で癒される」 アタシはゆっくりまた前を向く。 背中にそわそわと緊張感を抱きながら。 はあ、という清純の溜息。 首筋に感じるのは何故か。 (二時間目数学。清純。女の子のうなじって良いらしい)
「ごめんな」 心底申し訳なさそうに赤也が言う。 「大丈夫」 アタシは答えてビニールに入った氷水を額に当てる。 赤也が暴投したバスケットボールが、余所見してたアタシの額に激突して。 大して痛くはなかったけど頭はぐらぐらして そして額は少し赤くなってる。 保健室には先生が居なくて、赤也が氷水を作ってアタシに渡してくれた。 ひんやりと冷たい。 「ボール避けれないアタシもアタシだしね」 「でも、痛いっしょ」 「全然、大丈夫」 心配される度にアタシはそう答えるのだけど 赤也は気になって仕方ないらしい。 普段散々人を傷付けてるクセに、傷付けるつもりのなかった人に怪我を負わせた時って 赤也は酷く反省する。 眉を下げてアタシを見て。 「女の子の顔に傷付けて、俺、最悪だ」 「大丈夫だって。すぐ治るよ」 ごめんなあ、 何度目かのそれを言って、思いっきり優しく赤也はアタシの頭を撫でた。 ぐらり、頭の中が揺れる。 (三時間目体育。赤也。赤也に撫でてもらえれば大体治る気がする)
家庭科の授業をサボって体育館裏で煙草を吸っていると、南が音もなく現れた。 やあ、といういつもの挨拶。 そして南も、自分の煙草に火を点ける。 「そっちのクラス、今授業何?」 「家庭科」 「そう、俺書道。ダルくってさ」 こうして体育館裏で煙草を吸うようになってからだ。 南と出会って、南が煙草を吸う事を知って、アタシ等が友達の関係を越えたのは。 「書道アタシは好きだけどな、楽で」 「やだ。俺墨汁の匂い嫌いだもん」 「そう?」 「男は匂いに敏感なんだよ」 「そう」 火を点けたばかりの煙草を捨てて、南はアタシに触れる。 アタシも煙草を吐き捨てた。 煙は初春の、風にいつまでも消える事なく流れる。 「お前は良い匂いがして好き」 「香水付けてないけど」 「シャンプーの匂い」 アタシの首元にぐっと鼻を押し付けて、南が低く唸る。 そこに唇が触れるのも、あと少し。 (四時間目家庭科。南。学校でこそこそ会うのって青春)
あ。飲み物買うの忘れた。 焼きそばパンにかぶりついてから呟くと、アホ、と忍足が隣で笑う。 お昼休みの屋上。 アタシと忍足しか知らない秘密のお昼ご飯スポット。 青い空に白い雲、柔らかな春の風、アタシ等は心地良い。 「どうしよう、喉渇くな」 「ほんまやなあ」 「忍足、飲み物持ってるじゃん」 コンビニ弁当を食らう忍足の膝元に、アタシはコーヒー牛乳を見つける。 うん、と忍足はご飯を噛みながら頷く。 ちょうだい、アタシは手を伸ばすけれど。 「あかん」 「なんで、良いじゃん、ケチ」 「あかんって。俺の貴重なコーヒー牛乳」 「一口で良いって」 「いやや」 「アタシが乾いて死んじゃっても良いの?」 「死ぬかよ、そんなんで」 からあげを口に放り込む忍足。 アタシは紙パックに手を伸ばす。 あーあーあー、言いながらも、忍足も無理に止めたりはしない。 アタシはストローに口を付けた。 苦くて甘い味。 「間接キス」 どうでもいいことを、忍足は言う。 (お昼休み。忍足。友達以上恋人未満のじゃれあい)
オオカナダモの実験結果を聞き流しながら アタシは美術のレポートを書き移していた。 現代美術館の特徴について、感想や意見。 跡部の字は綺麗でまとまっていて、書き移すにはもってこい。 「終わったかよ」 「まだ、もうちょい」 「遅えよ」 「長いんだもん、これ」 「貸せ、俺が書く」 痺れを切らした跡部が手を伸ばして アタシからプリントとシャーペンを引っ手繰る。 あーあ、呟くアタシ。 触れ合う手。 何故だろう、それだけで。 (五時間目理科。跡部。ふとしたふれあいにときめき)
帰る。 その一言に付き合ってくれるのはいつも宍戸だ。 アタシと同じように鞄だけ持って さっさと授業中、廊下に出てくアタシを追って来る。 「お前な、あと社会だけ受けりゃ普通に帰れんのに」 「だって、だるいもん」 「我慢足りねえって、あと一時間だぞ」 「一時間って、長くない?」 「長くねえよ」 ちょっと笑って、玄関で宍戸と靴を履き替える。 なんで学校って全部の物を揃えたがるんだろう。 上履きも制服も靴下さえも。 同じ物の羅列を見ていると、寒気がする。 「長い、長いよ、一時間」 「しつけえな」 「アタシは一時間でも早く、宍戸と手、繋ぎたかったの」 ふざけて言うけれど、宍戸はちゃんと手を繋いでくれる。 暖かな手。 やっぱり。 あと一時間我慢だなんてアタシには出来ない事で。 (六時間目社会。宍戸。幸せへの脱出)
仁王が呼び出しを喰らった。 これが終わったら仁王、職員室まで、って。 掃除を始める為に机ががらがら後ろに下げられる。 仁王は机を下げ終わってちょっとぼんやりした後、アタシを見た。 すらり、高い背、長い足。 だるそうな背筋。 「ちょっと。行ってくるけえ」 「うん」 「待っててな」 「分かった」 さらり、アタシの髪を撫でて。 ちょっと周りを見渡す。 カップルでどこでも構わず触れ合うアタシ達に慣れてしまったクラスの住人達は アタシ等に殆ど注意を払っていない。 目を盗み、仁王はアタシの額に口付けた。 「すぐ戻る」 一緒に早く帰りたいんだろう、 仁王は職員室へと臆する事なく駆けて行く。 (帰りのHR。仁王。仁王ってあんまり恥かしさとか無さそうだよね)
「告白されちゃった」 ブン太が言う。 ふうん、正面向いたままアタシは焼ける夕日を眺めて、返事をする。 隣でブン太は、詰まらなそうに石を蹴る。 踏み潰した踵のスニーカーで。 「あーあ、嫌だなあ、俺、ああいうの」 「何?」 「好きでした、付き合って下さい、とか」 「そう」 「断ったらぼろぼろ泣いちゃって、有難うって無理して笑ってさ」 「うん」 「なんか俺が悪者みたいだよお、はあ」 「うーん」 「重たいよね、好きとか付き合ってとか」 「そうだね」 アタシの生返事に、それでもブン太は満足してくれる。 だからアタシはブン太と居て心地良い。 こうやって二人してだらだら帰るのが好きで。 「お前は良いなあ、そういう重いのなくて」 「そう?」 「うん、俺、お前のそういう所好き」 好き。 アタシは喉に何か詰まったような、そんな息苦しさを感じる。 ブン太。 「アタシの事、嫌いになるかも」 「え?」 「アタシ、ブン太の事好き、付き合ってほしい」 夕日が酷く眩しくて。 アタシはブン太の表情を読み取れないどうしてだろう、 アタシの目は涙で濡れていて。 (放課後。ブン太。これだけちょっと幸せモードがない)
↓「ことわざ」シリーズ↓(〜2008.4.19まで)
本当に申し訳ないけれど、男子が苦手だ。 男子と接触したりするのは極力避けたいし言葉も上手く交わせない。 だけど、彼氏は欲しい。 そんな私の矛盾した、だけど切実な悩みを何故か、 私は今、当の男子である赤也に打ち開けている。 どうしようもなく女好きそうで軽そうで、脳天気そうな赤也に。 赤也は案の定どうでも良さそうな顔で、ぼおっと私の告白を聞いていたのだけど 話し終えるとぱっと明るい顔になって、私に提案した。 「あ。じゃあ俺と付き合えば良いんじゃない?」 「やだよ、私、赤也嫌いだもん。女好きっぽいし」 「だから付き合うんだって、楽しいぞー俺と付き合ったら」 「どうして」 「大人の階段、三段飛ばしで上れるから」 「それのどこが私の悩みを解決するっていうの」 「ショック療法ってヤツかな?」 そんなの嫌だ、 けれども私はその言葉を、口の中で呟く前に飲み込んだ。 赤也が、早速身を寄せて来たからだ、いかにも、彼氏面して。 (赤也。「良薬は口に苦し」苦い薬ほどよく効くという事)
「遊園地に行こう!」 「やだ」 「どうして」 「五月蝿いもん」 「じゃあ、どこが良いの?」 「美術館」 「えー、あんな所に五分も居たら俺発狂しちゃう」 「発狂すれば良いのに」 「なんでそんな事言うのさ!」 「発狂して、変になって、頭可笑しくなって、物静かな人になれば良いよ」 「君が発狂して元気な子になれば良いんじゃない?」 「絶対に嫌」 「わがままー!」 「清純に言われるとは思わなかった」 「じゃあ、間を取って買い物に行こう」 「それのどこがどう間を取ったっていうの?」 「良いじゃん、別に、行きたくない?」 「不覚だけど、ショッピングは良いアイディアだと思う」 「でしょ!俺凄い?」 「全然」 「釣れないなあ、あ、でも心配しないで、そういう所も可愛いよ」 「何言ってるの?」 「あーもう、本当に釣れないなあ!」 (キヨ。「雪と墨」全く正反対な二つの物の事、貴方と私)
「仁王、私は、お前を、驚かす」 「やれるもんならのお」 目を細め、小ばかにした様に、仁王は言う。 「だって仁王、全然吃驚したりしないんだもん」 「心が落ち着いてるからじゃ」 「詰まんない」 「お前がそそっかし過ぎるんだっつーの」 猫騙し。 唐突に私は仁王の、目の前でぱん、と手を叩く。 仁王は目を閉じる事もせずに、呆れ顔で私を見つめていた。 悠長に頬杖なんて突きながら。 「ムカつく、」 「何がよ」 「仁王」 落ち着き払った声を出して、私は言う。 仁王はうん?と答えた。 「好きです」 「あ。そお」 「ムカつく、」 「何がよ」 「仁王が!」 「大体な、今から驚かしますって最初に宣言すんのが間違ってんじゃ」 「だってそれじゃないとフェアじゃないでしょ」 「何がよ」 ふう、と溜息なんて吐いて見せる仁王。 悉く、ムカつく。 私は意を決し、その、溜息を吐いた憎らしい唇に、自分の唇を押し付けてやった。 音なんて立てて。 「どうだ、驚いたか」 唇を離し、得意気に仁王の顔を見やる。 いつもと何等変わらない顔して仁王は 「べっつにー」 と、言った。 (仁王。「蛙の面に水」どんな事をされても平気で居る事、ポーカーフェイス。)
おはよう、声を掛けたけれど亜久津は私を無視した。 じ、と私の顔を睨み付けただけだ。 あー私は彼に嫌われている嫌われている嫌われているんだ、 そういう考えが頭を素早く掛け巡って苦しくなった。 朝の教室には、私と彼以外に誰も居ない。 きっとみんな、二時間目の体育の授業にでも専念しているのだろう 意図的に遅刻して来た私は、そんな物に参加する気は全くない。 目の前の机に座っている亜久津は、どうなんだろう。 「体育行かないの?」 訊いてみると、亜久津は無言で首を横に振った。 否定疑問を否定で返すと一体どんな意味になるのだろう。 頭の悪い私には分からなかった。 とりあえず、彼が私と口なんて利きたくもないんだって事は、分かって。 自分の席に鞄を置く、思いの外大きな音がして、私は自分で吃驚した。 亜久津は、私の隣の席。 顔を上げるのが恥かしくて、彼が私を見ていたのか見ていなかったのか、判断出来ない。 「ねえ、」 一体、誰の声だろう、なんてぽかんと思った後、 この教室には私と亜久津の二人しか居ない事を思い出した私は、やっぱり頭が悪い。 「可愛い顔してんね」 亜久津が、そう言った。 (あっくん。「恋は思案の外」恋は理性や常識では分からないという事)
「どうも」 一人寂しく帰宅していた私の、隣に突然現れた宍戸は なんでもない顔してそう挨拶した。 「あ。宍戸だ」 「何してたの、こんな時間に」 暗くなった空を見上げて、部活バックを背負った宍戸は言う。 空には星が輝き出し、太陽はもう山の陰に、半分も見えない。 日が、暮れていく。 「化学の、補習受けてた」 「補習とか、うわ、お前ばっかじゃねーの」 心底バカにした口調で宍戸が言う。 私は、単純にカチンと来る。 「バカじゃない」 「バカだろ、補習なんて」 「宍戸だって赤点ギリギリだったクセに」 「ギリギリなのと実際に赤点なのには大きな差が有るんだよ」 「ないよ、そんなもん」 「有る、お前はバカで俺はそうじゃない」 「私はバカで、宍戸は大バカだ」 「そんな低レベルな返ししか出来ない所が更にバカなんだよ」 「なんだよムカつくな格好良い顔しやがって」 「何言ってんだよ面白いな」 「うるさい格好良い声しやがって」 「お前何言ってんだよ」 「私に話し掛けて来てじゃねーよ喜んじゃったじゃんか」 「うるせー話したいから頑張って追いかけたんじゃねーか」 「あーもうムカつくそうやって好きになる様な発言ばっかして」 「良いじゃねーか好きなんだから」 「私も好きだバーカ!」 (宍戸。「売り言葉に買い言葉」悪口を悪口で返す事、口喧嘩。)
「最近胸が苦しいんです」 「なんでや、病気か?」 「分かんない、苦しいの」 「どういう風に」 「こう、心臓がぎゅうううって、あ。心臓っていうか体全体って感じ?」 「体中の筋肉可笑しいんと違うか」 そう言って侑士は笑う。 その笑顔を見て私は更に胸が苦しい。 可笑しい、これは絶対可笑しい。 「あ。今、苦しい」 「お。マジで」 「なんでかなあ、侑士が目の前に居ると悪化するんだけど」 「俺が病気の原因みたいな事言うのやめてくれる?」 「だってそうなんだもん」 「俺は悪くないからな」 「分かってるって」 どうせ熱でも有るんやろ、呆れ顔で侑士は私の額に自分のおでこをくっつける。 こん、と軽い音がして、 「あ。どっちが今音したんや。頭空っぽなのどっちや」 と侑士がゲラゲラ笑った。 面白い筈なのに私は笑えないでいる。 無理に笑おうとして口の端が引き攣り、変な顔になっただけだ。 「重症やなあ、」 侑士が、呟いている。 (忍足。「恋の病に薬なし」恋煩いを治す薬はないという事)
「俺はお前を好きだからお前も俺を好きじゃなきゃいけない」 なんとも理不尽な事を言って私を困らせた挙句彼は強引に私の手を取り 無理矢理色んな所へ連れ回す。 知らない道や知らない人達が怖くて、果てには泣き出しそうになった私に その時だけは優しく頭を撫でてくれた。 お前が連れ回したからだろ、なんて事、私は考えもしない。 「おーい、」 そのからりとした声で目を覚ます。 放課後の教室だった。 机に突っ伏したまま顔を上げた私の目の前で、 腕を組み偉そうに立つブン太は、愉快気に笑っていた。 「おはよう」 「ブン太、今夢見たよ夢、小さい頃の夢でさ、ブン太と私が、」 「なあ、腹減らん?」 「減ったけど」 「コンビニ行ってなんか買って来よう」 「ブン太行ってテキトーに買って来てよ」 「駄目」 「なんで」 「お前はいつも俺と一緒に居なくちゃいけない」 勝手な掟を決め付けてブン太は私の手を取る。 そう、幼いあの頃と全く変わらないまま。 (ブン太。「三つ子の魂百まで」性格は年を取ってもそう変わらないという事)
綺麗な空だねえ、 先輩が、空を見上げて呟いている。 釣られて天を扇ぐと、雲一つない青空が広がっていた。 「今、空の写真撮って誰かに送ってもさ、真っ青で、何の写真か分かんないだろうね」 そんな事を先輩が言うので そうですね、と答えた。 先輩は一人、神妙に頷いている。 「という事は私が今ばったり倒れてだよ、日吉君」 「はい?」 「記憶を失って、また目が覚めたとする、この場所で、仰向けで」 「はあ」 「そうすると私は、目の前に広がる一面の青空を見て、一体何だろう、なんて考える訳だね」 「でしょうね」 「不思議だと思わない?」 「そうですか?」 正直に返事をすると先輩はまた、神妙に頷き つまり視覚なんて大して当てにはならないんだね、と呟いた。 その時穏やかな風が吹き、前を歩く先輩の、髪がゆらりと流れた。 爽やかな匂いが、広がる。 そして彼女は振り返る。 「だから私は触覚を当てにする事にしたよ」 「そうですか」 「そう。だから、手を繋ごう、日吉君、君を忘れない様に」 「良いですよ」 先輩に手を差し出す。 先輩は満足そうに頷き、自らの手を伸ばして来た。 と、思うとひゅっとその手を引っ込め、自分の後ろに隠した。 「やっぱやーめた!」 ひらり、先輩が軽やかに回転し、俺に後ろを向ける。 そしてそのまま、音もなく早足で歩いて行ってしまう。 「先輩、」 驚いて駆け足で追い掛けると、振り向きざま彼女が、笑う。 「別に触覚なんて当てにしなくても良いか」 「どうして」 「私は突然目が覚めて、目の前に日吉君がどんって居ても、あ。日吉君って分かるもん」 そう、笑う。 (日吉。「女心と秋の空」秋の空の様に変わり易い女心の事)
私はストロベリーバニラ、南君はチョコクッキー。 公園のベンチに座ってぺろぺろアイスを舐めながら 私は隣の南君が食べている、チョコクッキーが気になって仕方がない。 「ねえ」 「なに?」 「それ、美味しそうだね」 「そう?あれ?ストロベリー好きなんじゃなかったっけ?」 「そうだけど」 「ふーん」 「ねえ、交換して」 「アイス?」 「うん」 「もうこんなに食べちゃってるよ」 南君は自分の半分程凹んだアイスを指差す。 綺麗な細い指で。 良いの、と私が言うと、じゃあ交換、と言ってアイスを取り替えてくれた。 私はチョコクッキーを舐める。 チョコと、クッキーの味がする。 暫く大人しくストロベリーバニラを食べていた南君が、ねえ、と私に言った。 「なあに」 「あれ」 彼が首で差した方を見る。 隣のベンチで、見知らぬカップルがべたべたひっついて、キスしてる。 昼間だってのに。 「うわ、さいあく、場所変える?」 「いや。そうじゃなくて」 「何?」 「あれ、良いなあって」 「そう?」 「しても良い?」 「キス?」 「うん」 「多分ストロベリーとミルクとチョコとクッキーの味するよ」 私は自分のベトベトの唇を指差す。 普通の指で。 良いよ、南君は言って、私に唇を押し付けた、冷えた唇を。 (南。「隣の花は赤い」他人の物が自分の物よりよく見える事、物欲)
↓「放課後」シリーズ↓(〜2007.7.14まで)
部活が終わって。 じゃあ教室で待ってるわ、と言っていた彼の言葉を信じ、アタシは教室へ向う。 もう、寒い廊下と、薄暗い窓の外。 ほんの少しの不安と、過大なる緊張、走る、私。 勢いの割りにそっと開けた教室の扉。 一転、眩しい西日。 そして机に突っ伏す仁王、オレンジに染まり。 寝てるのか、と近付く。 前に立つ、彼の項を見下ろす。 男子の項って余計にエロい、なんて考えてると。 素早く、仁王が顔を上げる。 そして、薄く微笑んだ。 上目遣い、 「部活終わったの?」 「うん、仁王、寝てたの?」 「めっちゃ寝てた」 寂しかったわーとふざけた調子で言い、 彼はアタシの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。 笑う彼の瞳が、やはりオレンジに、 (仁王、ちゃんとヒロインを待ってた。)
体育館へ行ったのは、音がしたから。 それも、バスケットボールの音。 誰がこんな時間にバスケをしてるのか。 足のない幽霊か、ギラギラ光る火の玉か。 なんて、どうでも良い妄想をしつつ。 体育館の、ベコベコに凹んだ鉄の扉を開ける、 そこに、一人、宍戸。 呆然とするアタシ。 声も掛けられずに、だって あまりに宍戸が綺麗だったから。 やんわり、投げられるボール、 潜るゴール、 落ちる床に、 そしてまた宍戸の手の中に、 繰り返し。 バスケットボールの音がする。 宍戸の音はしない。 アタシは息を止めていた。 暫くすると、音が止む。 ボールが彼の手から離れる事をやめたから。 宍戸がこっちを向く。 アタシと目が合うと、笑った。 「じゃ、帰るか」 そう、言った。 (宍戸君。やってるスポーツ違うよって感じですけど。)
マジ死んでくれ、である。 放送室の掃除しといて、と委員会の時指示を受けて。 一人で黙々と、それは黙々と掃除をし 暗いのも埃っぽいのも機材が重いのも我慢して掃除をし やっと終えて戻って来ると、委員会教室は蛻の殻だった。 人類がアタシを除いて消滅してしまったのかと一瞬思ったけれど 廊下を先生が通ったからそうではなかった。 何してるんだ、と怒り気味で尋ねられ、 放送室掃除してたら誰も居なくなっちゃって と説明すると 放送委員会なら四時に解散してるぞ と彼は更に怒り気味で言った。 つまり、アタシは取り残されたのである。 アタシだけ理由なき罰則に近いモノを受けたのである。 マジ死んでくれ、と思った。 誰にともなく。 自分の教室へ怒りに肩を震わせ(恐らく震えていたであろう)戻ると 人影、アタシは素直にお化けだと思った。 けど、違ってそれは景吾だった。 「おう」 と彼は言った。 とても男性的に。 「何してるの」 「別に何も」 「早く帰ったら?」 「意味もなく教室に残ってるのって、なかなか風流じゃねぇ?」 「時間の無駄だよ」 センスのない奴、と景吾は言い、あたしを手招いた。 彼の居る窓辺に近寄ると、 流石、金持ち中学って感じの豪勢な中庭が広がっていた。 「中庭見てたの?」 「まぁな」 「何が面白い訳?」 景吾の腕が伸びて来て、アタシの腰に回った。 何する気じゃ、と思ったら強引に引き寄せられ、アタシは窓に頭をぶつけた。 「痛!何すんの、」 「見ろ、あそこに猫居んの」 彼の指差す方に目をやる。 確かに、コンクリートの像の影に、三毛猫が居て、 アタシの隣には、景吾が居て。 何故だかとてもくすぐったい、 彼の柔らかな髪がアタシの頬を擦る。 (跡部様。猫好きに一票。)
卒業を惜しむ、 訳ではないけどアタシ等は放課後教室に残る事が多い。 ポッキーゲームを終え、食べつくしたポッキーの空き箱を解体するアタシの後ろで 侑士は景吾の席に落書きをしていた。 「けいごくん、好きです、付き合って下さい。」とか そんな幼稚な事を。 ポッキーの箱は段々と平面になっていく。 まだ、甘い香りがする。 「そんなんして、面白いかぁ?」 「侑士こそ、下らないよ」 「お前のやってる事は原始人にでも出来る、文字を書く事は奴等には出来ない」 「箱を開く事一つにも、芸術を見出す事なんて侑士には出来ないでしょうね」 憎まれ口を叩き合う。 その合戦に、先に飽きるのはいつも侑士の方だ。 机への落書きをやめて、アタシに抱き付いて、唇を吸った。 アタシは、手元の平べったくなった箱を床に落としてしまった。 「お。どうした、動揺したか?」 「別に」 呟いて、箱を拾い、アタシはそれをぐしゃぐしゃに潰した。 「なした、芸術」 「破壊も芸術なのが分からないの?」 また合戦を始めながら、アタシは彼の顔を見る事が出来ない。 (おっくん、彼のが一枚上手。)
寒い音楽室、を出て。 最悪、音楽室の暖房の完備出来てなさってどうにかならないのか。 指が悴んで楽器を吹けたもんじゃない。 だけどカイロ片手に乗り切って、だから、寒い音楽室、を出て。 向う生徒玄関。 三年生の靴箱の前で、健太郎が待っていた。 彼はアタシを発見すると、笑う、満面、だ。 「ごめん、お待たせ」 「音楽室寒くなかった?」 頷く前に、彼はアタシの手を取り 寒かったんだね、 と言った、手を頬に当てて、 (南君。彼は優しい。)
「あの映画見た?」 「何?」 「あの、恋人二人が拉致られて、実験の為に火星に飛ばされるヤツ」 「あー、見てない。あれって最後どうなんの?」 「あれね、最後、女の方が死んじゃうの。アタシぼろぼろ泣いた」 「へぇ、地球には戻って来れないの?」 「地球はね、無くなっちゃうの。なんか知らんけど」 「え、そうなん?なんか怖いなー」 「でも、泣けるよ、感動だよ」 「ふーん」 放課後は物音がしない。 それが怖くて、会話で紛らわす。 二人きり、 だから、会話が止まるととても居心地悪い。 沈黙、 マズい、喋らなければ、と焦っていると 赤也が切り出す。 「なぁ」 「何?」 「キスして良い?」 はい?!と言う隙も与えず。 彼はアタシに唇を押し付けて、笑った。 自分の唇を舌で舐めていた。 「なんかお前欲情すんだよな」 そう言ってまた押し付ける、 沈黙はない、音がするだけだ。 (赤也。二人きりの時の沈黙って居心地悪い時有りますよね…)
どうしてアタシと仁の体がこんな狭い所に納まったのか。 掃除用具入れを見つつアタシは当事者ながら疑問だ。 仁は仁で全くそんな事気にしていない様子で、 アタシの乱れた制服を整えてくれていた。 慣れた手付きが憎らしい。 どうしてその大きな手が、ブラウスのボタンを付けたり、はたまた外したり出来るのか、 スムーズかついやらしく。 追試を受けていたアタシを待っていてくれたのは仁だ。 どうだった?と訊きながらキスをして来たのも仁だ。 キスをしながら制服に手を忍ばせて来たのも仁だ。 此処じゃ嫌だ、と言ったアタシをそれじゃあ、と言って掃除用具入れに詰め込んだのも仁だ。 それなのにアタシは仁に 「やらしい女だな」 と言われた。 「狭い所に入って興奮したか?」 「してない、したのは、仁でしょ?」 「俺は別に場所とかじゃ興奮しねぇよ」 「じゃあ何に興奮するの」 仁が笑う。 とても官能的に。 そしてアタシの耳元で 「お前」 と囁いた。 (あっくん。今更だけど彼と掃除用具箱の中に入って尚且つ色々すんのは完璧無理だと思う…)
友達が部活を終えるのを教室で待っていた。 自分の席の、机に座る。 此処に座ると足をぶらぶら出来るし、高いから居心地が良い。 そこに、現れて、 「机に座るな」 と、彼は言う。 アタシの頭の中で初めて「厳格」という単語が同級生に向って浮かんだ。 「あ。手塚部長だ」 「なんで知ってるんだ?」 「だってみんな部長って呼んでるもん」 「そうか、とりあえず、机に座るな」 「ケーチ」 「ケチじゃない」 「よし、じゃあ部長も机に座ろう、どんな気持ちか味わってみよう」 「別に味わいたくない」 「気持ち良いんだよー」 彼は腕を組んでマナーの悪いアタシを見ていた。 決して睨んではいない。 どっちかと言えば、呆れてる感じだ。 細める目。 眼鏡の奥の、 「ねぇ思ったんだけどさ」 「何だ」 「部長ずーっと眼鏡掛けててさ、恋人とキスする時とか邪魔じゃないの?」 「恋人が居ないからな」 「あ、そう、でも、邪魔でしょ?」 彼がアタシに近付いて来た!とアタシが察知した時には アタシはもう彼に唇を奪われていた。 「別に邪魔じゃない」 彼が相変わらず厳格に言ったので、 アタシはとりあえずあぁそうでしたね、としか言えなかった。 (手塚君、ひ、久し振りというか初というか…)
↓「法則」シリーズ↓(〜2006.11.11まで)
「おぉ。居ったんか」 「あ。侑士」 あ。って何やねんあ。って、と彼が笑う。 「侑士こそ。人の家勝手に上がって、何様?」 侑士は忍足様ぁなんて詰まらない事を言いながらづかづかと部屋に入って来て ちゃっかりアタシの家の冷蔵庫を開ける。 「あ。コラ、勝手に、」 「お。ファンタ。俺これ貰う」 良いよも何も言う前に彼は勝手に手を伸ばし冷蔵庫からファンタの缶を取り出す。 それで軽快な音を立ててタブを上げ、飲む。 煽った彼の白い喉。 「…前から思ってたけど」 「何?」 「侑士の喉仏っていやらしい」 彼はアタシを見、目を見開く。 その後すぐに眼鏡の奥で、目を細めた。 「お前の細っせー首の方がそそられるわ」 なんて、言う。 (おっくん。お久し振り。幼馴染は勝手に家に入って来るの法則)
「あめー…」 学校の玄関で、アタシの独り言。 外、ザァザァ降ってる痛々しい程の雨粒。 空を見上げて、止めば良いのにというアタシの念。 外、ザァザァ止む気配のない激しい雨。 「…おい」 という声。振り返る。 後ろには、跡部君。 「何してんの」 「雨」 「雨。が、何」 「降ってるじゃん」 「んあー」 跡部君が空を見上げる。 暗い空、濁った雲。 「で。アタシ傘持ってないから。帰れない」 「ふぅん」 ふぁ、と欠伸をした後に彼は折り畳み傘を鞄から取り出した。 「流石。跡部君は準備が宜しくて。羨ましい」 「だろ」 跡部君が折り畳み傘を開く。 それで、思い付いた様にあ。と言う。 「一緒に帰る?」 (跡部君。ちょっと性格違う。何故か必ず相合傘をさせてもらえるの法則。)
ガラリ、ドアの開く音。 「あれ?なんで居るの?」 ドアの方を見ると困った様に笑う南君。 肩から部活鞄を下げてる。 「やぁ南君。アタシは日直の仕事を真っ当しているのだよ」 書き掛けの日誌をコツコツと指で指して見せる。 大変ねぇと何故かオカマ口調で南君は言い教室に入って来てアタシの隣の席に座る。 それで日誌を覗き込む。 「俺。日直やった事ないや」 「なんで」 「清純にやらせてるから」 「…腹黒」 いやいや俺は純白よぉと南君はまた変な口調で言い、部活鞄をごそごそと探る。 それでドラえもんの如くチョコレートの箱を出した。 「食べる?チョコ」 「鞄にお菓子入れてるなんて女子高生みたい」 「えーそうかなぁ?」 南君がアーモンドの入ってるチョコを自分の口に放る。 ごりごりと、アーモンドの砕ける音。 「あれ?君は食べないの?」 「今、手離せない」 一日の目標に対する反省を書いてるから。 「ほぉ。じゃあ、食べさせてあげよう」 「え?」 「あーん」 思わず南君の方を見る。 口の中にチョコレートを押し込まれた。 唇に触れた、南君の親指。 満足そうに笑う彼の顔。 (南君。ちょいワル南。日直の仕事で残っていると必ず誰か訪れるの法則。)
保健室に来たのに保健の先生が居ない。 痛い膝を庇いながら消毒液を探していると清純が入って来た。 「あ。清純、保健の先生見なかった?」 「んー?今日休みなんじゃなかったっけ?」 「そうだっけ?」 確かそうだったよーと言いながら 清純がガラリと棚を開け慣れた手付きで湿布を取り出す。 「俺阿呆でさー足捻っちゃった」 と聞いてもいないのに清純は自分の怪我紹介をした。 それで椅子に座り、丁寧に足に湿布を貼る。 なんか器用。 「ねぇ清純、消毒液何処にあるか知らない?」 清純は顔を上げて知らなーいと言った。 湿布を貼り終え、椅子から立ち上がる。 「消毒液って、どうかしたの?」 「膝。転んで擦り剥いた」 血の滲んだ足を清純の方に出す。 清純はうげー俺血苦手ーなんて呑気に言いながら アタシに椅子を勧めた。 だからさっきまで清純が座ってた椅子に座る。 「痛い?」 アタシの前に跪くみたいになって、清純が膝を見ながら聞く。 「うん、少し」 「じゃあ消毒は出来ないけど、俺がおまじないをしてあげよう」 「おまじない?」 「そう。痛みはなくなりも血も出なくなるという秘伝の」 「秘伝の…」 痛いの痛い飛んでけーとでも言うのかと思ったら清純はアタシの痛い足を抱えべろりと膝を舐めた。 (千石。変態丸出し。傷は舐めてくれるの法則)
真夜中の自販機はどうにも怪しい。 手を伸ばす、コインの投入口へ。 そしたら、触れ合う互いの手。 「あ。すみませ、」 焦って伸びてきた手の主を見る。 主はあっくんだった。 「なんだーあっくんか」 「あっくんてのヤメロ」 気難しそうに眉に皺を寄せ、彼は小銭を入れて、所望する煙草のボタンを押す。 コトンという音がして、煙草が取り出し口に落ちてくる。 それを取り出しアタシに手渡し あっくんはもう一度同じ動作を繰り返して自分の分を出した。 「…お前も煙草吸うの?」 「んーん。これは、彼氏に頼まれて」 「彼氏」 「そ。彼女パシらせるなんて最低だよね」 こんな夜中にさーと笑って見せる。 あっくんは表情を変えない。 変えないまま「そんな奴捨てて俺と付き合えば」と言った。 (あっくん。久し振り。何かを買う時手と手は触れ合うの法則)
「ケーキ」 「ケーキ?」 「買って来たから。一緒に食べようぜぇ」 「うん、じゃあ。上がって」 ブン太は何故かわーいとはしゃぎながらアタシの家に上がりこみ 俺は珈琲より紅茶が好きだと言いどたどたと勝手に食卓に付いた。 「俺いちごショート。お前はモンブラン」 紅茶を入れるアタシに絶えずブン太は話し掛ける。 多分喋ってないと死ぬんだと思う。 「頂きまぁす」 テーブルを挟んで向かい合う。 ブン太は幸せそうにケーキを食べた。 だからアタシもブン太の買って来たモンブランを食べる。 「ブン太ってさ、ケーキ屋でケーキ買って恥かしかったりしないの?」 「俺はケーキの為なら恥も忍ぶ」 「ふぅん」 モンブランは甘い。 「いっつも店員にえ?って顔されるんだけどねぇ、買う時」 「だろうね。男子が一人で買いに来てたらさ」 「しかも俺、ケーキ屋入ると笑顔になるし」 「あはは。え?ってなるよそれは」 「ところで」 ふ、と顔を上げてブン太が言う。 ブン太は綺麗な顔してる。 「クリームがほっぺに付いているよ、君」 「え?うそ」 俺は嘘なんて吐かんのだぁとブン太が笑う。 そして必死にクリームを探すアタシを見兼ねてか 「此処だよ、此処」 と、アタシの頬を舐めた。 (ブン太。といえばケーキ。ほっぺのクリームは舐めるものの法則)
不二君が雑誌を読んでて珍しいなって思って どんなのだろうって思ったらなんて事はないただの音楽雑誌で 「なんだ、グラビアとかだったら面白かったのに」 と思わず言うと不二君はただ微笑んだ。 それで、ぱらりとページを捲る。 「あ」 「何?」 「アタシこの人好き」 某グループのボーカルの女の子を指す。 不二君はへぇ、とかなんとか言った。 「可愛いよねぇこの人、憧れる」 「可愛いかな?」 「可愛いよ、すっごい可愛い」 「…君の方が可愛いよ」 ふんわりと笑って彼が言った。 (不二君。多分素。彼はヒロインにメロメロの法則)
「朝ですよぉ。起きなさい」 耳元で低い声。 半分眠ってるアタシの脳が驚くかなんかして目が開く。 そしたら、仁王が意地悪く笑ってた。 枕元で。 「うわうわうわ、何で居るのこのバカ、」 「バカはないじゃろぉ」 と仁王はまだ笑いながら可愛い幼馴染を起こしに来たんじゃろうがなんて言った。 「かわいいおさななじみぃ、ふぁあ何の話?」 「寝惚けとるのぉお姫様」 仁王の呆れた声がする。 時計を見る。 8時42分、あぁ、遅刻じゃん。 「おーい」 と言われ眠い頭を奮い立たせ仁王をじ、と見つめる。 途端にぎゅう、と唇を押し付けられ 「お目覚めのキスですよお姫様」 なんて、仁王はまた意地悪く笑う。 (仁王君。キス魔だと良い。幼馴染は幼馴染を起こしに来るの法則)
校舎裏のそう裏庭とかいう所の木陰で 慈郎が仰向けになって寝てた。 それを見て私は少しだけ呆れ 溜息を吐き 気持ち良さそうに目を閉じてる彼の顔の辺りにしゃがんで 「慈郎っ部活サボって何してんの」 と、言う。 彼はそっと目を開けて そのままの体勢で私を見上げて 「おはよぉ、マネージャーさん」 なんて、言う。 「起きてよ、ジロー、部長様がお怒りです」 「跡部なんて怖くないもーん」 欠伸して目を擦りふ、と私を見て笑った後 彼は大きく伸びをして両手を広げそのまま私のウェスト辺りに抱き付く。 芝生の、匂い。 「膝枕ぁ」 ふわり、慈郎が言う、 また彼はそのまま、眠った。 (慈郎ちゃん。リクエスト頂きました。二度寝の場合は膝枕か添い寝の法則)
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